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広域行政の敢然施行


インターネットが日本の政治を変えたことについてシリーズで指摘してきた。さらに言えば、新政権はなによりもまずインターネットをもっと使って、地方行政の簡素化とスピードアップを図らなければならないと思う。

 

そうすれば行政はもっとスリムにできるし、効率化を図ることができる。そしてお役人を減らすことができ、人件費を節約することができる。

 

日本の輸出入は前年比で4割前後も少なくなっている。日本経済はそれだけ縮んでしまったということだ。これにより税収が減り、国や地方自治体の税収が減ってきた。それでも公務員の給与はこれまで通り、毎日、払わなければならない。

 

手をこまねいていると、地方都市のみか、国そのものが夕張市になってしまう。累積赤字国債が 800 兆円をはるかに越えて、日本の財政はすでに夕張化しているとみる経済学者は少なくないが、とにかく手は打たなければならない。

 

国民の要望が高まる一方のなかで、どうやって人を減らすか。行政サービスの質を落とさずに、いかにしてコスト削減を図るか。解決不能にもみえる難題のソリューションは、唯一、インターネットの適切な利用だといえる。

 

まずは道州制の広域行政の実現が急務である。中小の市町村が重複して行っている地方行政の仕事を、広域におこなって事業コストと人権費を圧縮するのは当たり前のことだ。

 

いまは全国の自治体が地方自治の名のもとに、それぞれがそれぞれのシステムを作って、効率化からはほど遠い行政を行っている。行政のシステムそのものをできるだけ統一して、コストの最小化を図らなければならない。総務省の旗振りで北海道や京都、佐賀、大分、宮崎各県がスタートしている税収や人事、文書管理システムの共通化の動きは、とても大事なことだ。

 

現在の都道府県の地域割は、なんのことはない江戸時代の参勤交代、明治の廃藩置県の名残でしかない。人がかつぐ籠に代わって自動車が走るようになっても、大した変更はなされていない。ましてインターネットを使った行政の改革は、掛け声ばかりで現場ではほとんど具体化していないのが実情だ。

 

民主党政権には、歴史的大勝のチャンスを生かして、ネット時代にふさわしい大胆な列島改造に着手してほしいものだ。地方自治体への権限移譲の前に、その行政システムを時代にふさわしいものにアップグレードする必要がある。日本の財政健全化は、迂遠なようだがこれを実現するところに解決のカギがある。

民主党のマニフェストを読む限り、残念ながらこのあたりの考え方が一向にみえてこないのは心配だ。この点、自民党は道州制の構想ではかなり具体的に踏み込んでいた。




by Sanshiro 更新:2009/09/06 03:50 作成:2009/08/31 19:40

公共政策型シンクタンクの勧め

 

今回の総選挙ではマニフェスト(政権公約)で民主党が先行した。これに自民党がついて行けず、もたついて有権者に悪い印象を与えた。

 

マニフェストなる言葉を、わたくしが初めて聞いたのは、 1984 年秋のことである。フルブライトのジャーナリストプログラムでワシントンに遊学していたときで、レーガン政権の二期目の大統領選挙が行われようとしていた。

 

ワシントンでは新興のシンクタンクが、「われわれのマニフェストは第一次レーガン政権でこれだけの政策を実現した」とその影響力を誇示するとともに、二期目の政権のためのマニフェストを掲げて、その実現を議会やホワイトハウスに迫っていた。その提言には国民の生活から国の安全保障にかかわることまでが網羅されていた。

 

民間のシンクタンクが、政党のために政策を練り、作り、その実現を迫る―というのは、日本ではみかけないことである。 興味深く思ってヘリテージ財団とかアメリカン・エンタープライズ・インスティテュート( AEI )、ブルッキングス研究所といったシンクタンクと呼ばれる組織を訪ね歩いて、調べた。

 

ワシントンでシンクタンクといえば、政治にかかわる公共政策型の組織のことを指す。その運営は、個人や企業からの寄付金で賄われるが、そのお金は決してひも付きであってはならない。公共政策を扱う以上は、シンクタンクは党派に偏ってはならないとされる。

 

シンクタンクが政治家や研究者を招いて行うセミナーなどでは理事長が、わざわざ冒頭に挨拶して、その独立性を宣言するという気の配りようだ。公共のための政策を扱う以上は、特定の政党や党派のためであってはならないという考え方からである。日本の大企業や企業グループの名前を付けたシンクタンクについて幹部に聞くと、「それぞれの企業の利益のための研究機関ではないか」と峻別し、政府や省庁の予算で運営される研究所についても「税金を使っているのであれば、政権に奉仕するもので、われわれのシンクタンクとは別物」と語った。

 

もちろん政治にかかわる研究機関である。それぞれの主義主張がなければ、運営資金も集まりはしない。それぞれのシンクタンクには政治的なスペクトルがある。ヘリテージ財団や AEI は共和党系とされ、ブルッキングス研究所は民主党系と目されて、研究員には大統領選挙で落選した前、元大統領やホワイトハウスのかつてのスタッフらが目白押しだ。

 

しかしながらここで一つ、気になることがある。

 

それは 1970 年代から 80 年代にかけて、独立自尊のアメリカの再生のために、保守系シンクタンクが知恵をしぼった市場原理重視の規制撤廃の政策が、金融システムの暴走を招いて破綻し、多くの分野で再び政府の関与を許してしまったことだ。多大な税金の投入も行われて、数十年、逆戻りしてしまった。 日本でも同じことがいえるが、それが国民のためにならないことは明らかだ。

 

民主党は、政策制定をこれまでの官僚まかせから行政府の手に取り戻すことを宣言している。果たしてこれを実行できるのかどうか。政治家は一旦、選ばれると、選挙区の面倒見からはじまって途方もない雑事に忙殺される。ついつい官僚に頼ることになりはしないか。

 

せっかくの民主党政権が元の黙阿弥にならないためには、在野に公共政策型のシンクタンクが生まれなければならないだろう。野党になった自民党にしても、いつの日か再生するためにも、支持者は本当の意味での公共政策型シンクタンクを興して、常日頃から政策論争を仕掛けなければならないと思う。



by Sanshiro 更新:2009/10/10 04:25 作成:2009/08/30 20:09

薩長土佐談合政治150年からの決別

 

  e ブックランド的にいえば、自民党政治の終焉の背景にはインターネットという新しい社会インフラの整備がある。

 

こうしてもたらされた民主党政権の誕生には、もっと深い歴史的な意味がある。 その一つは明治維新以降、長く続いた薩長土佐による談合政治 150 年の体質にようやく別れを告げることができたということだ。

 

そのようなものがいまだに存在しているのか。 まさかと思う向きは、自民党政権の最後に行われた首相のたらい回しを思い出せばいいだろう。不可解な党内の話し合いで、長州(山口)出身の 安倍晋三首相から、九州は福岡選出の麻生太郎首相にバトンタッチされた。

 

政権の委譲が、なにやら得体のしれない談合で決定され、国民の信を問うことなく、堂々と行われるというこの国のまか不思議こそは、 まさしく薩長土佐の談合政治をほうふつとさせる出来事だった。しかも自民党内にそれでよしとする体質があり、こうして生まれた 談合政権がじつに1年近くも続いた。

 

さすがにこれは国民大多数の気持ちを逆なでした。経済がうまくいっていれば国民も見過ごしたかもしれないが、未来にツケを回す赤字国債を刷りまくっての大々的な不況対策には国民も背筋が寒くなってきていた。

 

お盆で帰省した郷里の米沢盆地は、伝統的な保守の地盤だが、農民までが政権交代を口にしていた。地域の隅々にまで○○親睦会の類いのネットワークが張り巡らされているが、それらはよくよくみればすべて政治家への献金組織なのだという。道路も予算がついて建設されれば、その予算の一定の割合が建設会社から献金として政治家に渡る。そんな仕組みはもう沢山だという怨嗟の声を聞いた。

 

長い間、与えられた政治を黙って甘受していた地方の農民までが、ようやく自分の意見を持ち、自分の意思で1票を投じる気持ちになった。これが今回の総選挙の結果が示すところである。自由民権の考え方がついに根付いたともいえるわけで、板垣退助も草葉の陰で目を見張っていることだろう。

 

これを可能にしたのが、情報の流れを円滑にするインターネットの登場だといいたい。世の中を風通しよくするインターネットが普及する前は、いかに奮闘しても根深い談合の体質を打破することはできなかった。

 

ネット社会が到来してわずかに 10 数年、人々はついにここまで自ら語り、自ら判断するようになった。まだまだ不十分だとはいえ、ヒラメ型の日本人はようやく立ち上がって自分の目で見、考えて行動するようになった。

 

貴賎、貧富の別なく、人々が使うことができるインターネットは、絶対に変わることがないと見られた日本人の精神改造を果たそうとしているらしい・・・とまでいうのは楽観に過ぎるかな?!

これを書いてから2週間、霞が関で明治以来、続いていた各省庁の次官と新政府との顔見世会議が廃止され、開かれないことになった。民主党の官僚主導政治を変えようとする方針に基づいたものだという。 

民主党は各省庁に屋上屋をなす外郭団体を税金の無駄使いだとして、粉砕する考えだともいう。案外に期待できるかも知れない。公共政策の実施と監督・管理を装って、天下りのために設けられたそうした無数の機構は掃除して、そこにつぎ込まれてきた税金はしかるべきところに使われるべきだ。


by Sanshiro 更新:2009/09/14 20:34 作成:2009/08/30 20:04

時代の終わり それから


麻生首相の生まれ故郷、福岡県で講演をしたことがあった。会場は北九州市だったから、麻生首相の選挙区(福岡8区)ではないが、首相就任(
2008 年9月 24 日)から、わずか2週間後の講演( 10 月8日)とあって大きな話題だった。

 

そのころ、自ら政権を放棄した安倍前首相の後継である麻生首相は、ごく短命に終わるだろうという見方をされていたが、わたくしはこのとき「神風が吹きましたね。麻生政権は案外に長期政権になる」と申し上げた。

 

その理由には2つあった。

 

ひとつは降って湧いたようなリーマンブラザースの倒産ショック(9月 15 日)である。アメリカ政府が倒産を放置するというまさかの判断に、アメリカはもとより、世界中の市場で株価が暴落するなど大恐慌前夜さながらとなった。この事態の収拾には長くかかるだろう。これが神風である。

 

短命が宿命とみられた麻生首相には、突然、襲ってきた大暴風雨から日本を守るという大義名分ができた。麻生首相はこれにしがみついてどこまでも自民党政権の維持継続を図るに違いない。

 

「麻生長期政権論」には、もう一つの裏があった。自民党に対する国民の支持が落ち込んでいて、総選挙をすればどうあがいても与党の座から滑り落ちてしまう。このことがあらゆる調査から明らかだった。自民党は、首相がだれであれ、任期満了までしがみつくほかない。これが本当の理由だった。

 

わたくしの話を聞いたみなさんは、いまごろ納得してくださっているに違いない。会場には地元の製鉄所のお歴々が顔をみせていたから、ウソはいわないで済んだと胸をなでおろしている。

 

しかし、その任期も運も使い果たして、いよいよである。政権の延命工作も、浮揚工作も万策尽きた。国民の信を問うという正道を長く踏みにじった結果、有権者の気持ちはますます自民党から離れてしまったようにみえる。果たして麻生長期政権がよかったのか、どうか。このあたりのことは、もはや後世の歴史家が論評するテーマであるに違いない。

 

太平洋戦争に敗れた日本は 1951 年、サンフランシスコ講和条約で再び主権を取り戻した。そのときの首相、吉田茂の孫が自民党政権の幕引きを演じる、というのは、これはやはりなにかの因縁なのだろう。

 

ともあれ、これからの日本はさて、どうなる? それを決めるのは国民だが、これまでと全く異なるのは、それぞれの有権者がインターネットを駆使して、それぞれに情報を入手し、それぞれに判断するようになり、昔に比較してより自立してきた、ということだ。 民主主義の時代に、これが悪かろうはずがない。

 

電子出版社 e ブックランドはそんな時代がくるし、こなければならないとインターネットの普及のために立ち上げたところがある。存在意義はこれから問われるのかもしれない。

by Sanshiro 更新:2009/10/10 04:32 作成:2009/07/04 17:26

沈黙の春 沈黙の世界

 

果樹の開花の季節の到来とともに、受粉に飛び回るミツバチが少なくて農家が悪戦苦闘しているニュースが列島各地から伝えられている。これまではミツバチまかせだった受粉に人手をかけなければならないために果物の値段の上昇さえ懸念される事態だという。

 

NHKのクローズアップ現代( 2008 6 12 日放映) がアメリカでのミツバチの失踪を報じて、日本でもにわかに関心が高まってきたミツバチの大量死は日本でもおきていたのである。

 

フランスでミツバチの死骸から、高濃度の農薬ネオニコチノイドを検出して、最高裁判所がその使用禁止の判決を下したというから、これが原因視されてきた。

 

半世紀ほども前になるが、わたくしが大学に入学する前の高校生のころ、空中散布の農薬が稲の害虫だけでなく、水田の魚や昆虫を大量死させたことがあった。軽飛行機が農薬を撒いた数日後には、無数の小魚が水田や小川で死んで白い腹をみせて浮かんでいるのをみた。

 

こうした農薬散布が毎年、行われるようになってから川魚は確実に減っていった。コイ、フナ、オイカワ、ナマズ、ドジョウを初め、清流にすむカジカ(海のハゼに似ている)までが姿を消した。わたくしは山形県の米沢方面から流れてくる松川が白川と合流して最上川になるあたりに生まれ育った“川の子”だから、こんなに悲しいことはなかった。

 

しかし、こうした農薬の使用は日本だけで行われていたのではなかった。そのころ農薬はアメリカでも大量に使用され、五大湖などアメリカ全土で鳥や魚に個体数の激減のみか、奇形などの異変を引き起こしていた。これをみて同じような悲劇が人間にも起きるだろうと告発したのが『沈黙の春』(レイチェル・カーソン著)である。

 

長じてその翻訳を読んだとき、アメリカで異変が起きた時期がまさにわたくしが農薬のために魚たちが白い腹をみせて死んでいるのを目撃したのと同じころであることを知って天を仰いだ。『沈黙の春』はグローバルな現象なのだった。

 

今回の地球規模でおきているミツバチ大量死が、有機リン系の農薬が効かなくなったために開発されたネオニコチノイド系農薬によるものであるとすれば、ほとんど50年ぶりの新たな沈黙の春の到来である。

 

受粉に異常をきたすのは、人間さまが食するリンゴやナシの果物だけではないだろう。この地上には無数の草花があり、それが果実を実らせて無数の昆虫、動物などが生きている。花と花を飛び交って実りをもたらすミツバチの死滅は、食物連鎖の断絶をもたらしかねない。

 

日本ではまだ原因をめぐって、ああだこうだの段階だが、ミツバチの大量死は、不況対策や豚インフルエンザの流行阻止に勝るとも劣らない大きな問題ではないだろうか。“沈黙の世界”にならないようにこれはみんなで考えたいことである。

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このブログを書いてから、座して四の五の言っているような状況ではないと考えて、取材に動いたところ、盛岡市の養蜂家、藤原誠太さんが同じように考えていることが分かり、早速、電子出版してくれるようお願いして快諾をいただいた。

藤原さんとは、じつは2008年10月、山形県で行われた「日本再発見塾 in 最上」でお目にかかったことがあった。奇縁とはこういうことをいうのだろう。 

しかも藤原さんによれば、アメリカでミステリーとされているミツバチの大量死の原因は、2005年夏にすでに盛岡市で大量死が起きた段階で、ネオニコチノイド系の神経農薬であることが突き止められているのだという。

ミツバチを殺す側は、行政と農薬会社の複合体であり、とりわけ農薬メーカーはグローバルな経営を展開している大企業だ。農薬には食料の確保と増産の大義名分がある。到底、太刀打ちできそうもない。

しかし危機に瀕しているのは、わたくしたちの生活であり、社会であり、地球の自然である。この事実が知れわたれば、必ずや農薬行政の見直しが始まるに違いない。すでにフランス、ドイツ、オランダなどでは神経農薬の使用禁止が打ち出されている。

eブックランドの「ミツバチを救え!キャンペーン」には多くの人の力を結集して、私たちのかけがいのない地球の生態系をなんとしても守りたいものだ。



by Sanshiro 更新:2009/06/10 09:15 作成:2009/05/03 09:05

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