自費出版とは
自費出版大手の新風舎が著者に集団提訴され、国民生活センターが苦情の急増を発表し、NHKが「食い物にされる定年退職後の夢」と題して「クローズアップ現代」(
11
月
27
日夜)で取り上げた。
[新風舎は08年1月7日、会社更生法を申請して事実上、倒産しましたが、その1ヵ月半前に書いたブログの内容に変わりはありません。]
電子自費出版を掲げる
e
ブックランドの社長としては、ここらで一言、自費出版について書いておかなければならないだろう。これらの報道では触れられていない、もっと大切な事実とタブーがある。
本を書くということ、出版するということは並大抵のことではない。文字を綴って書くということ、1冊の本にするほどの経験、業績、主義主張があるということは大したことである。
とくにこれまでは、本を出すには業績を認められて、出版社に見出されなければならないというハードルがあったために、「本を書いた」ということ、著者であるということは一角の人物の証しでもあった。
この状況が10年前から、変わってきた。理由はインターネットとパソコンの登場である。マイクロソフトがウインドウズ
98
を売り出したこの年から、紙の本の地位と権威が根底から揺らぎだした。日本の本と雑誌の売上高はちょうど10年前の
1997
年をピークとして、
98
年から連続して減り続けている。
それまでは、著者⇒出版社⇒本の卸の取次⇒本屋⇒読者という流れが、知識流通の唯一無比のルートといっても過言ではなかった。テレビ局も本を読んで番組を制作した。本は知識を伝える重要なコンテナーだった。
バブル崩壊のなかでも90年代半ばまで、出版社だけは景気が良かった。
この情報流通システムが、インターネットという新たな知の流通ルートの出現で地殻変動を起こしている。そのスケールは日本全体に及ぶ巨大なもので影響も甚大だ。
経営が悪化する一方の出版社は、売り上げを確保しようと懸命の努力を続けている。とにかく売れる本を創り出すために、これまでは単行本にしたようなテーマの本も新書で少しだけ刷って回転を早くし、出せばある程度は売れるだろう作家の本しか出版しなくなった。勢い、作家の卵やひよこたちにはなかなか出番がなくなった。
本を売る書店もターミナルで大店舗の出店攻勢にでている。アマゾンのようなネット書店の便利さに対抗するには、読者にとって便利な場所、デパートや駅ターミナルに本屋を置けばいいだろうという発想である。それは正しく大店舗のなかには黒字のところもある。
大手書店同士が、なりふり構わず、生き残りを賭けて、これまであった書店の隣のビルに出店するという仁義なき顧客獲得競争を演じるなか、街中の小さな本屋はあおりを食って、このところ1年間に全国で
500
~
1000
店もが廃業に追い込まれている。
e
ブックランドの近所では書店主が心痛のあまり病気になって亡くなるという悲劇があった。
一方、久しく待ち望まれていた日本語のタイプライターがパソコンによって誕生したことは、これまた日本人と日本語には画期的な出来事で、これまで出版とは縁遠いと考えられていた人々も物書きの夢をみるようになった。液晶画面では文字を書くだけではなく、デジカメの写真も入れられるし、編集だってそこそこにできてしまう。コンテンツがクリック1発で送れる光ファイバーのインフラが整うにつれて、表現の欲求はふくれあがっている。
こうして日本列島は一億総表現者の時代を迎えて、その受け皿になって繁忙を極めているのが自費出版社である。新風舎の出版点数はついに講談社を抜いて日本一(06年は2788点)になった。eブックランドは人々の意欲を大切に受けとめて、著作権を保護しながら10万円以下で出版して販売もできるステージを設け、ネット時代ならではの活字文化を創造しようとしている。
文字を書くこと、表現することは、人間を人間たらしめているものだ。本が売れない既存の商業出版社が萎縮しているいま、自費出版社の存在意義には大きなものがあるといわなければならない。
自費出版の費用は高いというが、編集者という仕事は並みの人にはできない知的作業であり、パルプ代、印刷、製本を含めて紙本の出版にはある程度かかることは知っておいたほうがいいだろう。eブックランドの費用の安さはソフトを使った電子出版と紙本出版の一貫編集だからできる特別なケースである。
ヤリ玉にあげられている「本屋に並らべるという約束が守られていない」というのは、それこそが一番、本の流通の現実を知らない人たちのいうことである。そもそも本は出せば本屋の店頭に並ぶというものではない。実際の本の流通の仕組みからとても難しいのである。本屋を裏側からのぞいてみると分かることだが、現場には厳しい資本の論理と出版界の慣行、不文律が張りつめている。
新刊本があふれる書店の店頭は、本を売ってなんぼの書店の商戦の最前線だ。そこには年間8万点を越えるに至った本のすべてを置くことはできない。どんな本を置くか。そこに売上げがかかっている。仕入れ担当の知恵と経験、センスのみせどころだ。店頭において売ってもらいたい出版社の営業マンとの熾烈なやり取りが日々、行われている。
一般に知られていないのは、これらの本の流通の要となって仕切る取次の大手に、大手出版社の資本が入っているということである。大手取次と大手出版社が人事も含めて事実上、一体なのだ。書店の仕入れ担当にしても、配本を握る取次、すなわち大手出版社の目を意識せざるを得ない。
このために全国配本でも大手出版社の出版物が優先的に扱われて、名の知れない出版社の本など、書店に届けられてもダンボール箱から出されることもなく、箱ごと送り戻されてそのまま裁断機にかけられているのが実情だ。建前はともかく、出版不況が深まるなかで、中小零細出版社の本はますます店頭に並びにくくなっている。eブックランドは都内の有名大手書店に取引口座があるけれども、アマゾンとeブックランド書店をメインの販売ルートにしているわけはここにある。
こうしたなかで11月下旬、
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ブックランドの新刊2点が紀伊国屋書店新宿本店
1
階の小説売り場でヒラ積みになった。小説『アッラーの大地にて』(上村
茂著
1575
円)と癒しの写真エッセー集『思いはエナジー』(花吹美有著
1050
円)である。いずれもeブックランドで電子書籍から紙での出版になった作品だ。
『アッラーの大地にて』は中東イスラム世界を舞台にした日本人作家による初の本格小説で、原油が100ドル近くにハネ上がった時代に読むには格好のストーリーだろう。知られざる砂漠風土が肌で感じられる。伊勢丹デパートに近い大通りに面して、小説の売り場としては日本一ともいうべき紀伊国屋の新宿本店1階の仕入れ担当はさすがにとらわれない、いいセンスをしている。
知の流通をめぐる攻防の波紋はかくのごとく各方面に及んでいるが、変動はなおも続いて激しさを増そうとしている。
携帯小説が流行の兆しをみせ、アマゾンは本からブログ、雑誌、新聞までが読める電子書籍リーダー「
Kindle
」の発売を発表した。ネット上から本のデータをダウンロードすれば、そのまま読めるというのだから、いよいよ“本屋の敵”の真打登場である。「
Kindle
」に部品を提供した千代田区の会社
ACCESS
の株価が急騰している。見る人はみているようだ。
再編の進む日本の知の流通の最先端を駆けているのがeブックランドである。NHKの「クローズアップ現代」も、自費出版の上っ面をなでる報道はやめにして、果敢にマルチ展開する
e
ブックランドを取り上げてはどうだろうか。国谷キャスターのファンなので・・・。
by
Sanshiro
更新:2008/01/19 05:13 作成:2007/11/29 10:14