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平時と戦時について

 カラスのおはようコールが終わると、こんどは小鳥たちのさえずりである。 陽が昇り人間どもが起きてきて、電車や自動車が動き出すと小鳥たちのか弱い声などかき消されてしまう。1日のなかで日の出前後の一瞬だけが、小鳥たちが仲間と満足に話し合える貴重な時間らしい。春のせいもあるのか、その真剣な鳴き声は聞いていて切ないほどだ。

 平和だなと思う。平時なればこその穏やかな朝だ。
 まだ平時だから鳥たちのさえずりを聞いていられる。戦時になればどうか。平時には人を殺したら、罪に問われる。それが戦時となれば、人を殺すことが賞賛されて英雄となる。価値観が180度、逆転してしまう。

 わたくしは元々ジャーナリストで、そんな戦時を2度、従軍記者として目撃したことがある。イラン・イラク戦争の勃発のときとイスラエル軍によるPLO掃討のレバノン戦争である。イイ戦争の最前線は双方の迫撃砲弾がキュルルキュルルと頭の上を風を切って飛んでいるところだった。
 そんな不気味な砲弾のうなりが聞こえているうちが生きている証しなのだ。直撃弾でも食らったら、音など聞こえないどころか、もうあの世へいっている。いささか青ざめて塹壕に飛び降りたら、地面に無数の砲弾のかけらが落ちていた。ギザギザに尖った砲弾の破片は小さくてもズシリと重い。体の主要部分に当たれば貫通して即死だろう。よその国の戦争取材で死ぬことの愚かしさを痛感した。
 それから間もなく、こんどはパレスチナ解放機構(PLO)をレバノンから駆逐する狙いで、イスラエル軍によるPLO掃討作戦が始まった。従軍記者として取材したいと申し込んだら、「いかなる出来事があろうともイスラエル軍が責任をおうことはない。ジャーナリスト個人の問題である」という宣誓書にサインするよう求められた。
 従軍するもしないもわたくしの意思次第という誓約書を前にして、さすがにしばし考え込んだ。そして結局、わたくしはサインしてレバノンのベイルートへの道を北上した。「怖いもの見たさ」ということはあるものだ。しかしそんなことよりも、あの時以来、わたくしは所属の新聞社の特派員を超えて、すべてを自らの個人の責任で報道するジャーナリストに変貌した。

 帰国して数年、こんどはロンドンに派遣された。
 足かけ3年の駐在の間に冷戦終焉という歴史的なドラマがあった。ベルリンの壁を打ち砕くなど東欧諸国のドミノ革命は一つのヨーロッパに向かって突き進もうとする統合運動の熱気がエネルギー源だった。
 それにしても激しい原稿書きの日々だった。夕刊が終われば朝刊とほとんど24時間勤務が続いた。この激務がいつの間にか身体を蝕んでいたような気がする。帰国の直前のころには忙中暇と楽しむこともあったゴルフがハーフも回われないほどに弱っていた。そこに大学の恩師から「都内に教授のポストがあるが、どうだ」という手紙が舞い込んできた。
 すでに心は新聞社を離れていた。体調不良もある。大学の教壇に立つ決断は早かった。

 転身してからは、ジャン・モネや後継のジャック・ドロール、フランスのミッテラン大統領選挙、ドイツのコール首相ら歴史を大きく変えた政治家たちの尽力について何冊か書いた。しかし日本では戦争ができないように国家の国境をなくすなどという発想は受け入れられないようである。
 そしてむしろ戦前のような国に回帰しようとさえしているようにみえる。1回の敗戦くらいでは教訓にならないのだろうか。平時はすでに遠く、日々、戦時に近づいているようにみえる。

作成:Sanshiro 2017.05.26

マクロン大統領の就任に思う

 なんだか今朝は、カラスにせかされているような気がする。フランス大統領選挙の決選投票から1週間もたってエマニュエル・マクロン氏(39)が正式に就任したというのに、なにをぐずぐずしているのか・・・とカーカー鳴く。

 うるさいから、はっきり言おう。
 テレビも新聞も、日本のメディアはマクロン大統領の誕生の意味を正しく伝えていない。
 なによりも重要なことは、今回の大統領選挙でフランス国民は「不戦条約」としてのEUを選択したというところにある。 EUは互いに戦争はしないことを誓ったヨーロッパの国々の集まりであって、難民ごとき問題で揺らぐような機構ではない。
 
 ”ヨーロッパ統合の父”とされるフランスのコニャック商人、ジャン・モネ(1888ー1979)はこう喝破していた。
 「戦争というのは、不可侵と称する主権を国家が振り回すところから始まる。戦争をなくすためには国家主権を自由にさせてはならず、しばり上げ、取り上げなければならない」
 普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と一世紀の間に3度の全面戦争に見舞われたフランスの教訓から編み出した政治哲学だ。モネによれば、ある国が軍備の強化に動き出すや、隣接の国々が恐怖をおぼえて一斉に軍備増強を始める。それが際限のない軍拡競争を引き起こし、軍事費が民生を圧迫するようになり、ついには戦争がおっぱじまる。

 だからヨーロッパ統合は、最初に戦争遂行に必要な戦略物資、石炭と鉄鋼を国家を超えた共同体という超国家機構に委ねるところからスタートした。1952年に正式に動き出した石炭鉄鋼共同体の代表にはジャン・モネが就任した。共同体は国家に干渉されないために意思決定にも多数決を採用するなど工夫がこらされ、今日に至るまでEU関係機関の基本ルールとされている。

 ひるがえって東アジアはどうか。
 ご覧の通り、唖然呆然、ものの見事にジャン・モネの指摘が現実のものになって目の前で展開されている。軍拡競争はとめどなく、ついにくるところまで来たようだ。
                         つづく
作成:Sanshiro 2017.05.15

 今朝はカラスよりも早く起きた。
 5月8日の月曜日はフランス大統領選挙の決選投票の開票日。日本時間の午前3時(現地時間午後6時)には速報が流れる。
 EUの申し子ともいうべきエマニュエル・マクロン(39)が勝つことは分かっている。しかしその勝ちっぷりはどうか。対抗馬のマリーヌ・ル・ペン(48)の得票はどうだろう。

 フランスはドイツとともにヨーロッパの27か国を束ねる基軸の国である。任期5年だから近未来のヨーロッパの動向を占う選挙だとといって過言ではない。ましてイギリスがEU離脱を決め、自分の国さえよければいいという「アメリカ・ファースト」のトランプ政権が誕生した後だけに注目しないではいられない。

 予想通り、フランス国内の投票が閉め切られるや、マクロン大統領誕生へと速報が流れた。ル・モンド紙の出口調査では得票率はマクロン候補が65.1%、ル・ペン候補が34.9%だという。大差の勝利で、ヨーロッパのさらなる不安定化の観測は一掃された。

 安堵の空気を反映して、開票後、一番に開かれた東京の株式市場は450円高の暴騰をみせ、日経平均2万円の大台にあと一歩に迫った。

 ただ、わたくしは第1回投票に向けて、EUからの離脱を掲げて選挙戦の先頭を走った国民戦線のル・ペン候補の善戦ぶりが気になる。中東・アフリカからの難民問題はなにも解決されてはおらず、フランスで国民投票が行われれば可決されかねないレベルの支持率だ。

 もともとフランス人は愛国主義者が多い。自国通貨フランを放棄してユーロを採用するヨーロッパ統合を問う国民投票は、それこそ薄氷を踏む僅差で批准に漕ぎつけたものだった。1992年のEUを創出するためのマーストリヒト条約は、賛成51.05%、反対48.95%というきわどさ。それでも勝ちは勝ちだった。

 子供のころからユーロ通貨を握りしめて育ち、国境のないヨーロッパに生きてきたマクロン大統領に、それ以前のフランスへのノスタルジアはない。だからEUの是非を国民投票に委ねるような、イギリスがしたようなへまをすることはよもやないだろう。

 しかし政治の世界は一寸先は闇、かつてわたくしがジャーナリストだったころの古戦場、ヨーロッパにまた目をくばってみようと思う。

作成:Sanshiro 2017.05.09 更新:2017.05.14

「希望の塾」の開講を祝福してグリーンの流れ星が飛んだ

リリーの追っかけとしては小池百合子政経塾に参加しないではいられない。10月30日に記念すべき「希望の塾」の開講式に出席した。

冒頭、小池都知事が明らかにしたところによれば、応募者の総数は4800人超、その中から2900人超が塾生として選ばれた。
応募は予想された通り、都民だけでなく九州から北海道まで全国各地から寄せられ、海外のハワイから応募して塾生になった若者もいた。既成の政治を打破しようとするリリーの東京大改革にたいする関心と共感は日本列島全体に広がっていることが裏付けられた。

政治家が主宰する政治塾としては日本の政治史上、最大のスケールである。このため開講式はJR池袋からそう遠くない大学の講堂で午前10時、午後1時、同4時、同7時からと4回に分けて行われた。
小池都知事も、地方自治体の行政について講演した豊島区の高野夫之区長も、同じことを4回、話さなければならずご苦労なことであった。

開講式が終わったその晩、日本列島上空に巨大な流れ星が出現した。
国立天文台に青森、秋田、新潟、さらには神奈川など首都近郊から多数の目撃情報が寄せられた。それによれば流れ星は31日の未明、緑色の光を放って飛んだという。

緑、グリーンは小池都知事のシンボルカラーである。大きな流れ星が現れて緑色に輝いて飛んだのは「希望の塾」のキックオフを祝福するためであるに違いない。天も祝うとはなんという瑞兆であろうか。

有権者をなによりも大切に、東京大改革に着手した小池都知事の行政のスタイルは、これまでの根回しと談合が横行する日本の政治手法とはまったく異なる。
「希望の塾」の発足は古い日本の政治との真っ向勝負のバトルが始まったことを意味する。最後は太平洋戦争の敗戦とアメリカによる戦争に終わった日本の古い政治との最後のバトルが始まったのだとわたくしは考えている。

これまでも改革を志した政治家としては日本維新を率いた橋下徹のような方がいた。しかし守旧の権化で、たいそうな息子思いの石原慎太郎に抱きつかれて路線を見失い、政治勢力としては失速した。
この点、小池都知事は豊洲市場移転問題で関係の市場長ら8人を懲戒処分するとともに、このような事態をもたらした、のんべんだらり、弛緩した石原都政の責任までも追求しようとしている。石原元都知事といえども責任追求を逃れることはできないだろう。

小池都知事には石原慎太郎との間に父親の時代からのしがらみがあった。これを豊洲市場問題でスッパリ断ち切ることができたのは、新しい日本の政治を目指す小池都知事にとっては幸運なことであった。これまた小池都政にとっては願ってもない天の配剤だったとみている。

もはや「希望の塾」の前途を阻むものはない。
しかし政治こそはリアルな戦いの場だ。マネーまみれのドンたちの古い政治勢力との総力戦は始まったばかりである。


作成:Sanshiro 2016.11.03

小池都知事は大変なあげまん女性なのではないか

国際社会で東京の地位がグングン上がっている。
アメリカの観光情報誌「コンデナスト・トラベラー」が10月19日に発表した「世界の魅力的な都市ランキング2016」によれば、東京が世界1位にランクされた。2位が京都。

観光に関心のある世界中の人々10万人以上が投票して決められるランキングである。フランスのパリやロンドン、ニューヨーク、イタリアの常連のローマやフィレンツェをそっくり蹴落としてのランクインだから、相当に価値ある称号だといえる。選ばれたのは「近代的な高層ビルが林立しながら歴史的な神社や寺院も共存し、美食の都としても最高の都市だから」と、べたほめだ。

これまでかなり下のほうにランクされていた東京がトップになった第1の理由は、テロの恐怖がないところにあるとにらんでいる。いまや欧米の主要都市では心のどこかでテロがありはしないかとヒヤヒヤしていなければならないが、その点、平和な日本の首都東京はとにかく安心だ。

しかしそれだけでは、突如、世界の観光業界のトップに躍り出た訳の十分な説明にはなるまい。わたくしは東京の初の女性都知事として小池百合子さんが就任した公報宣伝効果がとても大きいとみている。

リオの閉会式で見事な英語のスピーチでデビューした小池都知事は、その後、五輪施設に大なたを振るっている。これがおもしろおかしく海外に東京発で発信されている。これを読んだり見たりした観光客は「そういえば東京はおもしろいところだったなあ」と改めて思い出して、大挙、投票したのだと思われる。

もう一つは国内のシンクタンク「森記念財団都市戦略研究所」が2008年から発表している「世界の都市総合力ランキング」だ。
最近発表された同研究所の2016年の報告によれば、8年連続して4位だった東京が、ロンドン、ニューヨークに次いで3位にアップした。躍進した。これまで不動の3位だったパリを抜いての大躍進である。

小池都知事は選挙中、「キャスターをしていたころの世界の大都市はロンドン、ニューヨーク、そして東京の順番だった。当選したら東京を再びかつてのように元気にしたい。そのためにも投票してください」と街宣車から訴えていた。それを就任から3か月足らずで実現してしまったから恐れ入ったものだ。

小池劇場は相変わらずの賑わいをみせている。の報道によると、東京都という厳密はローカルな話題だが、小池都知事に関する豊洲市場の移転と五輪施設のコスト削減に関するテレビ番組は地方での視聴率が、ほとんど都内と変わらないほど高い。高いだけでなく、視聴率が下がらなくて、担当のプロデューサーさえ首をかしげているという。(デジタル朝日)

ビデオリサーチ調べによれば、小池百合子氏が都知事に就任した8月から9月7日までの平均視聴率は関東地区8・4%、関西地区8・5%。民放各社の午後のワイドショーは5%で合格点と言われる時間帯なのだが、10%を超える日もあるという。視聴率は広告の単価にもはね返るとなれば、各局がねじりハチマキで都政番組の早撃ち競争を演じ、午前中も朝から報道しているのも分かろうというものだ。

10月18日午後、NHKを除く日テレ系、TBS系、フジテレビ系のテレビは小池都知事と国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長との会談の模様を約40分にわたって、CMをほとんど入れずに生中継した。なかにはほぼ2時間にわたって都庁関係の話題を流した民放局もあった。前代未聞である。

ましてその日の売上げが実入りのタブロイド紙が、目の色を変えて小池劇場関連の特ダネ競争は当然である。連日、トップページに小池都知事の活字か写真を見ない夕はない。そうでもしないとタブロイドは売れなくなっているのではあるまいか。いまやテレビ局のロデューサーとタブロイドの編集長は新宿の都庁ビルに足を向けては寝られないに違いない。

小池都知事が打ち出した都政の見え化、透明化政策はものの見事に当たったといえる。東京市場に10月に入って外国人投資家が戻ってきた。この理由についてはもう少し調べなければならないが、東京都は相当なあげまん女性を都知事に迎えたようだ。

作成:Sanshiro 2016.10.23 更新:2016.11.03

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