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戦争に負けたことのない大英帝国の初の敗戦か
 
 大英帝国は一度として戦争に負けたことがない。だから7つの海にユニオンジャックをひるがえして植民地を設けることができて、陽の沈む日がないといわれた。

 その英国で6月26日、国民投票が行われてEU離脱が決まった。
 残留48.11%
 離脱51.89%

 英国には英語が通じる国ということで、日本企業が1380社も進出しているから大変な騒ぎになった。正式に離脱になったら、大陸ヨーロッパ諸国に輸出する商品には関税がかけられることになる。それでは商売あがったりだということで進出の会社の株だけでなく、東京市場全体の株を引っ張った。
 市場はそうでなくても伊勢志摩サミットのG7以降、日本の財務のひっ迫問題が表面化して低迷しており、泣きっ面にハチとなった。

 しかし投票前の勢いはどこへやら、勝利した離脱派の熱狂は長続きしなかった。EU単一市場からの脱退による弊害の大きさがたちまち明らかになってきたからである。離脱派の指導者格だったボリス・ジョンソン前ロンドン市長は離脱の結果が出ただけで役割は終えたと引退を宣言した。離脱による予想以上のダメージにビビったのではないだろうか。

 一番の問題はスコットランドが独立して、独自にEUに加盟する可能性が急浮上してきたことである。スコットランドにはかねてから独立の機運があり、2014年9月には住民投票が行われている。そのときは独立賛成44.70%、反対55.30%で否決された。しかし英国そのものがEUの単一市場から離脱するとなれば話は別である。スコットランド独立党は早速、再度の独立を問う住民投票の準備にはいっている。
 
 英国という国は正式には連合王国と呼ばれ、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4か国で構成されている。首都はそれぞれロンドン、エディンバラ、カーディフ、ベルファストだ。
イングランドのアングロサクソン人に征服された民族の異なるこれらの国々にはロンドンなにするものぞという空気があり、北アイルランドではいまでも分離独立派が地下で活動している。

 わたくしはヨーロッパ統合運動について何冊も著作のある研究者だが、一般のメディアや評論家とは少し異なる味方をしている。そもそもわたくしは英国がEUの正統な加盟国だとは一度も考えたことはない。
 英国はEUの国家統合のなかで極めて重要な通貨統合のプロセス((ERM)には一度も入ったことがない。単一通貨ユーロも採用せずスターリングポンドを使ってきた。国民の多くがエリザベス女王のポートレートを印刷したポンド紙幣や女王の横顔のレリーフを刻んだコインでなければ受け付けないからである。世論調査をすると国民の70-80%がポンドの放棄には拒絶反応をみせたものだ。
 鉄の女の異名を取ったマーガレット・サッチャー首相も通貨発行の国家主権まで譲歩することには断固、反対だった。「それでは英国はヨーロッパで孤立してしまう」という野党からの批判のためについには辞任に追い込まれても、007ならぬ女王陛下の首相であろうとした。
 
 当時のEU本部はかたくなな英国の態度に手を焼き、かといって英国抜きの単一市場では世界経済にたいするインパクトが弱いので、やむなく通貨に関しては国内情勢が変わるまで猶予期間を与えるとするオプトアウト条項を設けて英国を当初加盟国に組み込んだ。
 これをいいことに英国は人、もの、お金、サービスについて国境をなくす単一市場のいいところばかりを享受してきた。

 つまりは英国人は世界に君臨して繁栄した大英帝国への郷愁、ノスタルジアのなかに暮らしたいのである。

そんな英国にも東欧諸国からの出稼ぎ労働者が増え、そこに中東やアフリカからの難民の群れが殺到したことから、ついに国民投票で単一市場からの離脱が決定したのだが、これからが思いやられる。
もはや英国は大英帝国ではないのである。もしスコットランドが独立を選択して連合王国の枠組みから抜けることになれば、大英帝国の解体が始まる。北海油田もスコットランドのものになる。来たアイルランドもウェールズさえもどうでてくるか分からない。
21世紀の現代において、「スコットランドの独立などそんなことは許さん、軍隊を送るぞ」と息巻いてもそんなことができるとは思われないが、極度に緊迫する事態も予想される。

一方でEUのほうはその後、東欧諸国の参加もあり、ウクライナも順番を待つなど規模も当初からは大きくなり強靭になった。英国が抜けたぐらいではビクともしない。
 どこの国でも与野党の攻防があり、単一市場からの脱退を主張するところはある。日本のメディアはそのあたりがよくわかっていないようだが、不戦協定としてのEUの核心部分は揺るがない。

英国の人々は大英帝国への郷愁からEU離脱の国民投票を決めた。だが、これはトラファルガーでネルソン提督の艦隊がナポレオンの艦隊を粉砕した海戦を含めて、戦争に負けたことのない大英帝国の初めての敗戦の気配濃厚である。
 ついでに申し添えるならば、英語の使えるEUでないと困るのであれば、隣のアイルランドに引っ越せばいいのである。日本ならば大阪あたりから四国に飛ぶくらいの感じだ。急がなくてもよければ、スコットランドの動きを見て、エディンバラ方面に移転してもいいだろう。
                   つづく
作成:Sanshiro 2016.07.22 更新:2016.07.30

お国自慢はご法度です

 大名が君臨する藩ではなにかというとお国自慢で盛り上がった。よその藩、なにするものぞ、負けてなるものか、「あれは食い物ではない」と隣接の藩の名物をこきおろす。武術でも食べ物、名物でもこうして競い合った。
 それは小さな国が隣り合っていがみ合ってきたヨーロッパでも同じこと、とりわけ食料や嗜好品ではなかなか譲歩しない。

 小さなことが大事件になった1例がスパゲッティだった。
 これはイタリア人にとっては決して小さなことではない。イタリア発祥のスパゲッティは腰のあるヂュラムセモリナというイタリアでとれる小麦で作られたものなければならず、それはローマ時代から決まったことなのだ。どこか素性のしれない外国から輸入した小麦粉で作ったものなどスパゲッティと呼ばせるわけにはいかない。
 これに対してよその国は、それでは高いイタリア製のスパゲッティしか食べられないことになる。それに長く親しんできたわが国のスパゲッティ業者を見捨てることはできないと、こちらもとことん頑張って折り合いがつかない。

 同じようなことがビールについてもあった。
 ドイツは昔からビールは麦芽とホップ以外のものをまぜて作ってはならないと法律で決めており、コーンスターチやアルコールを加えた外国産のビールの流通を禁じていた。すなわち統合が実現しても、ドイツではよその国のビールは流通してはならないとの立場である。
 ほかの国は、ビールにもいろいろあっていいではないかーと譲歩を迫ったけれどもドイツは態度を変えようとはしない。ドイツのビール醸造業界のかたくなな態度に政府も弱りはてていた。

 いよいよ統合という段階になると、こうした案件はほかにもいろいろとあることが分かって、ブリュッセルのEU統合本部は頭を抱えた。
 このときEUの裁判所が画期的な判決を行う。
 「どのような商品であっても、参加国のどこか1国で流通している商品は、域内のほかの国でも商品として受け入れなければならない」

 これが商品(もの)に限らず、あらゆるものについて適用されることになった。
 この裁判ではディジョンのカシス酒がテーマだった。カシス酒というのはスイスの国境に近いフランスのディジョン地方で昔から醸造されているアルコール度15%-20%の果実酒だ。ところがドイツにはアルコール度数32%以下の果実酒は売ってはならないと法律でさだめてある。このようなカシス酒は扱うことができないとドイツがはねつけて裁判になっていた。

 しかしこの裁判の判例が、サービスの分野などでもくすぶっていた案件を一挙に解決する味な万能判決であることが判明した。
 教員の免状や医師免許にはじまって無数にある国家資格をめぐる争いが、この判例を適用することで解決したのである。
 民族の誇りにかけて心血を注いできた教員試験のカリキュラム、医師の免状などが、よその国と一緒くたにされることについてはどこの国でも不満がくすぶっていた。かといってそのようなことに拘泥していたのでは人の自由な往来もサービス部門の交流も一歩も進まない。それをカシス裁判は一刀両断に解決したのである。

 このようなことを書くのは、いずれこうしたEUのノウハウが日本でも必要になるだろうからである。どこでだって小さなことが大事件なのだ。
 大きな案件については前日のブログでジャック・ドロール委員長が「大きなことはいいことだ」と言ったとさらりと触れたが、ビジネスの世界はそんなに簡単な甘いものではない。
 都はともかく、道州の統合ということになれば行政だけでなく、バス会社もトラック会社も、新聞やテレビ局もが統合と再編の嵐にもまれることになる。運びようによっては都道州制反対の声が、日本列島を覆うことになるかもしれない。

 行革反対の声を聞いてニンマリするのはEUであり、アメリカだろう。中国もまたホッとするかもしれない。
 日本が財政難の処理に困り果て、ヘリコプターマネーのような禁制の財源に手をつけるようなことになれば日本の政治と財政金融の信用は地に落ちる。

これについて21日、日銀の黒田総裁が英BBCラジオのインタビューで「ヘリコプターマネーについては検討もしていなければ必要もない。ほかにも選択肢はある」と述べたことが伝わると、1ドル=107円20銭まで戻していた円が105円前半まで2円近くも急騰する場面があった。
日本は禁じ手のヘリコプターマネーに手を出さないではいられまい、それほど困窮している。良し悪しはともかく、それはそれで設けるチャンスだとハゲタカファンドが巨額の資金を投じていたことが透けてみえた。

 日本の財務はいまや世界中が凝視する大きな問題になっていることを示した。
 いくらつらくても国の借金地獄の原因がなくなるように、まずは東京から税金の無駄をなくし、とことん節約する都道州制への着手をみんなで考えようではないか。
                                                  つづく

作成:Sanshiro 2016.07.21 更新:2016.07.30

犬猿の隣国(県=藩)と共存させるためのEUの知恵

 EUに恩返しする意図を秘めた広域サイバー行革の都道州制が、新しい都知事に採用されるかどうかはわからない。
ただ財政問題の深刻さからみて今回の都知事選あたりがぎりぎりのタイムリミットだろうと考えている。獅子の前髪にも似たかすかなチャンスに賭けて、できる準備だけは進めておきたい。

日本と県とEUの国境を取り払った国とは別物である。県は日本国のなかの地方自治体であり、EUの国は主権を持つ国家だ。
スケールとしては日本は人口1億2500万、EUが3億2000万、財政規模でいうとEUの当初の参加12か国の半分ほどの規模になる。1国でEUの12か国を束ねた総額の半分(当時)だというのだから、日本というのは大した国なのだ。

EUが隣国同士の国境を取り払って、人、もの(商品)、お金(資本)、サービスに関して自由に移動、流通させるというヨーロッパの国家統合の試みは、日本が都道州制で隣り合った県を一緒にするときの参考になることが多い。

日本では廃藩置県で藩を県にしたような区割りになっている。戦国時代にはそれぞれが領地を巡って戦った。そんな歴史の記憶はもう歴史書の中とはいえ、隣接する県の人々は決して仲は良くない。それはビジネスにも及んでいる。
テレビで路線バスを乗り継いで旅をする番組が流行っているようで観ることがある。そうすると小さな県なのに、県境を越えて隣の県に行くバスがない。一事が万事、日本列島はこんな具合なのである。
これまで道州制のメリットはよく知られながら、なぜか地元の受けが悪くて自然消滅してきた理由の一つがこうしたそれぞれの県の人々の県民性の違いだろう。日本は山また山の国だ。大きな山を越えると言葉(方言)までが違うというところは沢山ある。だからお互い山向こうに住む人々の悪口をいう。

わたくしは山形県の内陸部、最後には上杉一族が統治した米沢藩に一角に生まれ育ったが、昔は海の幸などほとんど口にすることができなかった。タンパク質は最上川上流域の川の魚やニワトリの肉、卵くらいなものだった。だから独特な方言がいまも残っている。
一山超えた、といっても月山を超えた先に位置する鶴岡の人々は、こんな内陸部の人々をほとんどサル呼ばわりである。最上川流域には連綿の歴史があり、そこでは類まれな価値観が育まれてきた。文化的にも相当に高いと自負している。だからお互いさまなのだが、こうした人々が一つの行政体にされてしまうことには生理的な嫌悪感すら覚える人は少なくないだろう。
徳川幕府が謀反の監視のために、幕府に友好的な大名の隣りにいざというときには幕府に弓を引きそうな大名を置いたから、どうしようもない。

一方で、かつて大名行列が練り歩き、籠がえっちらおっちら走っていた江戸時代そのままの行政区割りが、長年の間にえもいわれぬ居心地の良さを醸し出している。それをいいことに変化を喜ばない、言葉を変えて言えば変化に耐えられない日本人をいたるところにはびこらせてしまった。
 
EUの単一市場にまとまっている国々にしても、元はといえば全面戦争をなんども繰り返してきた仲の悪い民族である。とくにドイツとフランスは1世紀の間に3回も戦争をした。お互いの民族が怖くて仕方がないから、平和にやろうよと手を握っているのである。
1951年にジャン・モネが発案して実現した共同体は、戦争をする原動力になる石炭と鉄鋼を国家を超える共同体にゆだねて共同管理するという「不戦同盟」なのである。
ジャン・モネは国際商品であるコニャック(ブランデー)の醸造家に生まれたコニャック商人で、世界各国を営業に歩いている。ヨーロッパの国々は小さすぎてグローバルな競争力が持てないから、統合して大きくなるべきだとも考えていた。だから石炭鉄鋼共同体の理念を他の商品に適用すれば、いくらでも拡大できる仕組みを組み立てていた。

この原理を1985年、EC委員長になったジャック・ドロールが人、もの(商品)、お金(資本)、サービスにまでドーンと広げた。サービスというのは教員資格とか医師、保育士などの資格、大学の学生の単位などで、これらについても国境をなくして、加盟国の国民ならばどこの国でも効力があるとすることを決めたのである。
ドロール委員長はこの推進にあたっては、企業が競争力を強めるためにM%Aなどを行うことは「大きいことはいいことだ」と奨励した。国単位の市場が統合によって大きくなるのだから、その中で弱肉強食が行われるのはやむを得ないと市場原理に委ねたのである。

1992年末に完成した国境障壁のない単一市場の完成がヨーロッパの国家統合の第2フェーズだとすれば、2002年1月の単一通貨ユーロの市場流通は第3フェーズだろう。
加盟国がこれまでの各国の通貨を捨てて、ユーロ通貨を採用することを最終的に決めたマーストリヒト条約は大いにもめた。デンマーク国民が拒否し、肝心要のフランスでも条約の批准を国民投票にかけたときは賛否が拮抗して危うく葬られかかった。
賛成51,05%、
反対48,95%。

国民に批准を呼びかけるフランスのミッテラン大統領は、「否決にでもなったら、我々は日本に勝つことができないのだ」とテレビで演説して最後の最後まで日本の脅威を強調した。
 なにもそこまでわが母国について大統領が言うこともないではないかとわたくしは反発したが、いま、日本が金融恐慌の発生源にさえなりかねないところまで追いつめられて対策を考えているとき、それまで数十年の成果が無になりかねない局面での故ミッテラン大統領の懸命の思いが分かるような気がするのである。
 原稿が長くなった。市場統合に役立つEUの興味深いノウハウの話は明日にしよう。
                  つづく
作成:Sanshiro 2016.07.20 更新:2016.07.30

ユーロパワーに襲われた日本

近ごろ、英国が国民投票で離脱を決めたことでEUの単一市場が大きな話題になった。この単一市場はどうしてできたのか。

じつはこれにわたくしたちの日本が大きくかかわっている。このことを知っている人は多くはないようだ。
1970年代から80年代にかけて日本製品がヨーロッパ市場に進出して、各国の地場産業を次々とノックアウト、どこの国も不況にあえぐようになった。その打開策として各国が、人、もの(商品)、お金(資本)、サービスについて国境障壁を取り払うことを決めたのだった。
日本製品の勢いはそれほど激しくて、フランスなどは日本製品にかける関税の受付事務所をわざわざポアティエに置いた。ここは軍事的要衝で732年の昔、フランク王国がウマイヤ朝のイスラム軍を撃退したところ。フランスはMade in Japanになど絶対負けないぞという意思表示でもあった。

1985年、ブリュッセルの当時のEC委員会に辣腕の財務の専門家、いずれはフランスの首相と目されていたジャック・ドロールが任命された。就任にあたってドロール委員長はこう語った。
「ヨーロッパは重大な岐路にある。ヨーロッパの食事や文化を楽しむアメリカ人や日本人の博物館になるか、それとも経済を立て直して名誉あるヨーロッパとして再生するか―である」
そして「ヨーロッパの12か国の人口は3億2000万、これだけの人口が国境を取り払って一つになり、経済の障壁を取り除けば、必ずや競争力を取り戻してアメリカや日本の商品との競争に勝てるようになる」と続けた。そしてその実現のときは1992年末だと語った。
 
 単一市場の原型は1951年にすでに出来ていた。そのときの中心人物はEU統合の父と呼ばれるジャン・モネというやはりフランス人である。
朝鮮戦争がアジアで火を噴き、西ドイツがソ連との対決に備えて再軍備させられようとしたとき、モネはそれはまたしてものドイツとフランスの戦争の布石になると考えた。そこで当時、戦争遂行の素材と考えられていた石炭と鉄鋼について国家を超える共同体という超国家機構にゆだねて管理させることを西ドイツに提案した。
大陸側のヨーロッパ諸国ではまだ第二次大戦で焦土と化した記憶が生々しかった。このため西ドイツのアデナウアー首相はすぐさま賛同し、これを聞いたオランダ。イタリア、スペイン、ルクセンブルグも石炭鉄鋼共同体(ECSC)に参加することになった。
このとき各国を結束させたものは第二次大戦の戦火の再来への恐怖心だったといえる。

しかしフランスに愛国主義者で国民国家を信奉するシャルル・ドゴール大統領が就任すると国家のなかに国家を超えた機構が存在することを嫌って目の敵にした。このため共同体の活動は低迷を続けて、ブリュッセルのEC本部は閑古鳥が鳴き、ニュースがなにも出ない記者クラブに駐在する記者もいなくなってしまった。

それがジャック・ドロールが委員長に就任して、その年のうちにECサミットで国境なき共同体の推進が決議され、1992年までに国家間のあらゆる障害をなくす300項目に及ぶ提案が盛り込まれた白書が採択されるや、世界の見る目が変わってきた。
さらに1986年2月、単一共同市場建設を明記した単一ヨーロッパ議定書が調印され、87年7月に発効すると世界中のビジネス業界は騒然となる。眠れる重病人のヨーロッパはついに目を覚ましたのか。

このころEC委員会がコンサルタント会社を動員してまとめた16冊、合計6000ページに及ぶ単一市場による経済効果についての報告は、いやがうえにもブームを煽った。責任者の名前を冠してチェッキーニ報告と呼ばれた報告書は次のようなメリットを謳っていた。
① 市場の完成による効率改善、競争力強化、コスト削減によって経済は活況を取り戻し、国内総生産(GDP)を4,5%押し上げる。
② 消費者物価を平均6,1%引き下げることができ、その結果、公共部門でGDP比2,2%のコスト削減効果を生む。
③ 180万人の雇用創出が行われ、これにより失業率が1,9%下がる。
④ 長期的にはコスト削減、生産効率の改善が相乗効果を上げ、それによってGDP比7,5%のアップと600万人の雇用創出がみこまれる。

 これらは域内の波及効果だが、諸外国のビジネスマンたちが心配したのは、一旦、単一市場ができてしまったら外国資本が入り込めない障壁を設けるのではないかということだった。
 もしそのようなバリアーが築かれたら、世界的に見て消費意欲が旺盛で文化的にも高いヨーロッパの人口3億を超える市場を失ってしまう。それこそ大損失だとアメリカ、日本をはじめ世界中から外資がヨーロッパに向かって流れ込み始めた。これが西ドイツのベルリンなど主要都市に時ならぬ繁栄をもたらす。
これをみた東ヨーロッパ諸国の国民が「われわれもヨーロッパ人だ。このままソ連圏にいたらいつまでも幸せになれない」と焦り出した。東ドイツの若者たちはこうしてはいられないと旅行が許されているソ連圏のハンガリーに向かい、そこから鉄のカーテンの鉄条網をくぐり抜けてオーストリア側に脱出して西ドイツへと亡命した。
これが鉄のカーテンが内側から破られ、ベルリンの壁が崩壊して東欧諸国に民主化のドミノを起こすアリの一穴になった。単一市場は1992年末に完成する前にどでかいことをやってのけたのである。

EU単一市場は日本の経済進出が契機になって生まれ、単一通貨ユーロも創出された。いま日本が財政危機に陥っている多いな原因はこのEUの台頭のせいもある。
 かつてわたくしはビジネス丈夫氏「ウエッジ」にコラム「ヨーロッパの明日」を20年連載して、その一部を「ユーロパワー 日本を襲う」と題した本を出版したことがある。まさしくEUの国家統合は設計したジャック・ドロールらの願いの通りに、ヨーロッパに塗炭の苦しみをなめさせた日本経済に対するリベンジに成功したのだと思う。

 1985年から30年、あまり長い間の変化なのでこの国際経済のドラマが見えないか、あるいは見ようとしないで、日本の政治家はただただ赤字債権を積み上げて日本経済を断崖絶壁まで追い込んでしまった。G7でさらに赤字国債を刷ろうとする日本の提案が冷笑されたのみか、通貨安競争にストップをかけられたのは当たり前のことだった。
 こんどは日本がEUへのご恩返しに、再生のための大胆な行財政改革に乗り出す順番なのだが、この国際経済の劇的なドラマの筋書きをなんとしても分かってもらいたいものである。
 都知事選の場外参戦のブログの真の目的はそこにある。
                                           つづく
作成:Sanshiro 2016.07.19 更新:2016.07.30

東京から始まる日本の行財政改革

 そろそろ本題に戻ろう。
 わたくしが考える東京都から始める都道州制は、本格的に動き出せば明治初期の廃藩置県に匹敵するスケールになるとみている。
 廃藩置県は国民もよく知っている。幕末から明治にかけての動乱期に有無を言わせずに施行された。背景にはひよわな新生日本を植民地にしようと虎視眈々ねらうアメリカとヨーロッパの帝国主義の国々の艦隊の影があった。
 
 この泰平の21世紀に大規模な行政改革をしなければならない脅威などどこにあると多くの日本人はいうだろうが、それはある。急浮上してきた財政問題である。
これが国民に見えないのは都合の悪いことは国民に伝えようとしない巧みな政府の報道管制のせいだと思う。そのお陰で自民党は参議院選挙で勝利した。発表されたことしか報じない国営放送のトップはまもなく交代とのことだが、お役目ご苦労さまということでそれこそ勲章ものだろう。

わたくしが異変に気付いたのは今年の連休のときである。
円が6円も対ドルで急騰した。東京市場が休みのときにファンドが仕掛けてくるのは毎度のことだが、あまりにも動きが激しい。
なにが起きているのか。調べてみると、安倍首相は連休を利用して伊勢志摩サミットに出席するヨーロッパのG7の首脳を、根回しを兼ねて訪問したところ、最初の訪問国イタリアの首相は財政出動に賛成してくれたのだが、その後のフランス、ドイツ、イタリアの首脳からは総スカンを食った。

 日本が開催する伊勢志摩サミットに暗雲が垂れ込めた。G7の直前、5月20-21日に宮城の秋保温泉で開催されたG7財務相会議では、アメリカのルー財務長官から日本の通貨安競争を非難されるにいたった。
 こうして始まった伊勢志摩サミットでは、文字通り首脳だけの会談でその詳細はうかがいしれないが、最後に発表された合意文書でも通貨安のための競争は加盟各国は行わないと明記された。日本が強く望んでいたG7協調しての大規模な財政出動による世界経済の牽引構想がまったく受け入れられなかった。アベノミクスがデフレ脱却の切り札としてきた円安の工作までが封じられてしまったのである。

 ふつうの国ならばなんということもない話である。しかし日本はフツウの国ではない。税収のほとんど20倍もの累積赤字を抱えている。赤字債権を刷らなくては予算も組めない国なのだ。
 この結果を受けて安倍首相はアベノミクスをスローダウンさせて10%への消費税引き上げを2年半、延期することを表明した。参議選挙への配慮だけではなくG7の開催国として首脳間でまとめた合意を破るわけにはいかないからである。

 ここに至って株価は急落、円高は急伸してついには1ドル=99円をつけた。こういう場面で円が高くなるのはハゲタカファンドが食らいついてくるからである。円が高くなれば経済に悪影響を与えるから必ず日本政府が介入してくる。その真水(介入資金)がおいしい収益になるので、笑いが止まらない。
 折からのイギリスのEU脱退の国民投票は脇役に過ぎない。

 参議院選挙で自民党が勝利して、政府はアベノミクスガ国民から信任されたとして新たな経済刺激策を用意しているようだ。それを期待して円高は一服し、株価も1500円ほど戻した。
 しかしG7の合意は厳然と存在し、苦しい財政状況は変わらない。そこで経済紙などが報じているところによれば、政府はヘリコプターマネーを投じることを内部で検討しているという。マイナス金利の奇策では間に合わずに、こんどは日銀が直接、政府に無制限に資金を提供するヘリコプターマネーの導入までが協議されているというのだ。
 ヘリコプターマネーというのは、日銀が市場性のない永久国債というものを発行し、それを日銀がすべて引き受けるという際限のない借金の手法である。市場性のない債権なので金利を払う必要もない。ナチスドイツがそれで大規模な軍備増強を行ったことが知られている。平時には禁じ手なのだが不可能ではない。

 日本経済が飛ぶ鳥を落とす勢いだった1980年代には赤字債権などまったく必要のない健康優良児だった。その日本がここまで困窮している。
 しかもG7諸国からは、これ以上の赤字国債の積み上げと通貨安政策はもういい加減にしてくれとクギを刺されている。すでにして日本の財務問題は四面楚歌の状況にある。

 このような危機的状況を打開する秘策が「広域サイバー行革」なのである。国民がこの状況を知らされていない、だから理解ができないというのではこの妙案を分かってもらうことも難しいのかもしれない。
 もしかすると日本はこのまま断崖絶壁から転げ落ちる運命にあるのだろうか。そのようなことはあってはならないと、わたくしは「東京都知事選に場外参戦」のブログの長期連載を始めたのだ。
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 18日の日経電子版によれば、日経の電話による序盤戦の世論調査では小池ゆりこ候補が先行しているという。前日、わたくしが池袋で得た感触は正しかったようだ。彼女はただ一人、行財政改革を公約に掲げて戦っている。わたくしも場外でとことん頑張るぞ!
 明日はEUの国家統合に似る都道州制をテーマに書くのでお愉しみに。
                                     つづく
作成:Sanshiro 2016.07.18 更新:2016.07.30

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