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もしも私が都知事候補だったら

 わたくしは「これは大変だ。日本の財政がピンチだ。みんなに知ってもらわなければ。そして東京都から対策にふみださなければ・・・」とあせって、自ら都知事選挙に出馬しようと準備までした男だから、伝えられる候補者の選挙戦はまるでぬるま湯にしか思われない。

 何気なくつけたテレビの番組をみていると、与党の推薦で出馬した候補は「東京都はアベノミクスで豊かになっているから、すこし地方に回したらいい」などと言っている。政府は東京都の財源の一部を国に付けかえたいと考えているというニュースがあったが、推薦のアンダーテーブルではそういうことが実際に話し合われているのかとさえ疑われてくる。
 だから中央からの推薦を受けた候補者は、前任者もそうだったが推薦していただいた御礼さえしていればそれで済む、それが役目だと考えてしまいかねない。
 そもそもこの発言からは、改革の姿勢が感じられない。官僚の役割は政治家のいうことを聞いて、それを遂行することだといわんばかり。政治家は財源があればあるだけ使ってばらまいて御礼の重箱をいただき、お役人はいずれ天下り先を用意してもらえる。こんな根性が丸見えである。場外参戦してわたくしが書いている大改革の先頭に立つことなど期待するだけアホということだろう。

 少し興味深かったのは、前の宮崎県知事、東国原さんのことだ。
 8チャンネルだったと思うが、主要3候補の公約をあれこれ深読みする番組だった。メインのゲストとして司会の隣に座った東国原さんが、野党の統一候補として後出し出馬した鳥越候補について「演説の時間が短い。ほんの一言、二言話しただけで、次の人にマイクを渡した。あんなことでいいのか。あれが立候補者の態度か」とふんまんやるかたない口ぶりだ。
 特定の候補者についてストレートに口撃するゲストも珍しいと思って注目していたら、東国原さんはそのうちに番組の流れをよそに、なにやら別のことを考えているようす。目の焦点が合わない。司会者がそれに気が付いて「東国原さん、いま、なにをみていたのですか」と尋ねると「宙をみていた」。
 スタジオは爆笑に包まれたが、わたくしにはその気持ちが分かるような気がした。東国原さんは今回の都知事選でも出馬がうわさされていた。それを振り切ってなのか、誘いがこなかったからか、芝居のほうに出ることにして自ら封印してしまったが、こんなキャスターあがりが野党統一候補になって出るのだったら、なぜ私に声をかけてくれなかったのだと様々な思いが頭の中を駆け巡っていたのだろう。もちろん堅苦しい野党政党が東国原さんでまとまることはなかったに違いない。それはそれとして宮崎県知事として大した実績をあげた有能な人物であるだけに、もしも私が候補者だったら―という無念の思いがあるのだと思う。

 選挙は湯水のようにお金がかかると教えられて恐れをなした家族に羽交い絞めされて出馬を断念させられたわたくしは、出たところで泡沫候補の1人だったにしても、とにかく日本は「異次元の財政危機」の時を迎えていることをなにがなんでも都民と国民に訴えようと考えていた。
 1000兆円を超える累積赤字を抱えて、なお赤字債権を刷らなければ予算編成もできなくなった日本は世界のどの国も経験したことのない窮地に陥っている。しかもG7で「通貨安競争をしてはならない」と約束させられたからには主催国の日本として破ることもできない。万事休すなのである。

 都合の悪いことは国民に知らせないのが政治の世界である。とりわけ今の政権は秘密保護法を制定して、報道管制がきつく、知らせるべからずの傾向が強い。政府よりのメディアまでがそれを助長している。
 このままだとある日突然、晴天の霹靂がないとは限らない。
 近年では南米のアルゼンチンが2001年に債務不履行に陥ったことがある。預金封鎖、ハイパーインフレ、倒産、失業などで、社会が大混乱に陥った。経済規模からいって日本はけた外れに大きく、また累積赤字も世界に類例のない規模だから、日本の混乱は国内のみならず世界に及ぼすことになる。
 
 そのような事態は絶対に引き起こしてはならない。
 まずは、なにごとにつけて先駆ける東京都民がまずこの事実を知り、自ら税金のムダの退治に乗り出す。これは決して不可能なことではないし、都民にとってもマイナスではない。ムダ使いを正して税金が使わないで済むようになった分、地方税の税金を安くするということだってやろうと思えばできないことではない。
 これを東京都で実現して、地方もそれはいいぞと動き出せば、差し迫った危機は間一髪で回避できるとみている。
 今回ほど大事な都知事選はないと考えている。
                       つづく

作成:Sanshiro 2016.07.23 更新:2016.07.30

戦争に負けたことのない大英帝国の初の敗戦か
 
 大英帝国は一度として戦争に負けたことがない。だから7つの海にユニオンジャックをひるがえして植民地を設けることができて、陽の沈む日がないといわれた。

 その英国で6月26日、国民投票が行われてEU離脱が決まった。
 残留48.11%
 離脱51.89%

 英国には英語が通じる国ということで、日本企業が1380社も進出しているから大変な騒ぎになった。正式に離脱になったら、大陸ヨーロッパ諸国に輸出する商品には関税がかけられることになる。それでは商売あがったりだということで進出の会社の株だけでなく、東京市場全体の株を引っ張った。
 市場はそうでなくても伊勢志摩サミットのG7以降、日本の財務のひっ迫問題が表面化して低迷しており、泣きっ面にハチとなった。

 しかし投票前の勢いはどこへやら、勝利した離脱派の熱狂は長続きしなかった。EU単一市場からの脱退による弊害の大きさがたちまち明らかになってきたからである。離脱派の指導者格だったボリス・ジョンソン前ロンドン市長は離脱の結果が出ただけで役割は終えたと引退を宣言した。離脱による予想以上のダメージにビビったのではないだろうか。

 一番の問題はスコットランドが独立して、独自にEUに加盟する可能性が急浮上してきたことである。スコットランドにはかねてから独立の機運があり、2014年9月には住民投票が行われている。そのときは独立賛成44.70%、反対55.30%で否決された。しかし英国そのものがEUの単一市場から離脱するとなれば話は別である。スコットランド独立党は早速、再度の独立を問う住民投票の準備にはいっている。
 
 英国という国は正式には連合王国と呼ばれ、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4か国で構成されている。首都はそれぞれロンドン、エディンバラ、カーディフ、ベルファストだ。
イングランドのアングロサクソン人に征服された民族の異なるこれらの国々にはロンドンなにするものぞという空気があり、北アイルランドではいまでも分離独立派が地下で活動している。

 わたくしはヨーロッパ統合運動について何冊も著作のある研究者だが、一般のメディアや評論家とは少し異なる味方をしている。そもそもわたくしは英国がEUの正統な加盟国だとは一度も考えたことはない。
 英国はEUの国家統合のなかで極めて重要な通貨統合のプロセス((ERM)には一度も入ったことがない。単一通貨ユーロも採用せずスターリングポンドを使ってきた。国民の多くがエリザベス女王のポートレートを印刷したポンド紙幣や女王の横顔のレリーフを刻んだコインでなければ受け付けないからである。世論調査をすると国民の70-80%がポンドの放棄には拒絶反応をみせたものだ。
 鉄の女の異名を取ったマーガレット・サッチャー首相も通貨発行の国家主権まで譲歩することには断固、反対だった。「それでは英国はヨーロッパで孤立してしまう」という野党からの批判のためについには辞任に追い込まれても、007ならぬ女王陛下の首相であろうとした。
 
 当時のEU本部はかたくなな英国の態度に手を焼き、かといって英国抜きの単一市場では世界経済にたいするインパクトが弱いので、やむなく通貨に関しては国内情勢が変わるまで猶予期間を与えるとするオプトアウト条項を設けて英国を当初加盟国に組み込んだ。
 これをいいことに英国は人、もの、お金、サービスについて国境をなくす単一市場のいいところばかりを享受してきた。

 つまりは英国人は世界に君臨して繁栄した大英帝国への郷愁、ノスタルジアのなかに暮らしたいのである。

そんな英国にも東欧諸国からの出稼ぎ労働者が増え、そこに中東やアフリカからの難民の群れが殺到したことから、ついに国民投票で単一市場からの離脱が決定したのだが、これからが思いやられる。
もはや英国は大英帝国ではないのである。もしスコットランドが独立を選択して連合王国の枠組みから抜けることになれば、大英帝国の解体が始まる。北海油田もスコットランドのものになる。来たアイルランドもウェールズさえもどうでてくるか分からない。
21世紀の現代において、「スコットランドの独立などそんなことは許さん、軍隊を送るぞ」と息巻いてもそんなことができるとは思われないが、極度に緊迫する事態も予想される。

一方でEUのほうはその後、東欧諸国の参加もあり、ウクライナも順番を待つなど規模も当初からは大きくなり強靭になった。英国が抜けたぐらいではビクともしない。
 どこの国でも与野党の攻防があり、単一市場からの脱退を主張するところはある。日本のメディアはそのあたりがよくわかっていないようだが、不戦協定としてのEUの核心部分は揺るがない。

英国の人々は大英帝国への郷愁からEU離脱の国民投票を決めた。だが、これはトラファルガーでネルソン提督の艦隊がナポレオンの艦隊を粉砕した海戦を含めて、戦争に負けたことのない大英帝国の初めての敗戦の気配濃厚である。
 ついでに申し添えるならば、英語の使えるEUでないと困るのであれば、隣のアイルランドに引っ越せばいいのである。日本ならば大阪あたりから四国に飛ぶくらいの感じだ。急がなくてもよければ、スコットランドの動きを見て、エディンバラ方面に移転してもいいだろう。
                   つづく
作成:Sanshiro 2016.07.22 更新:2016.07.30

お国自慢はご法度です

 大名が君臨する藩ではなにかというとお国自慢で盛り上がった。よその藩、なにするものぞ、負けてなるものか、「あれは食い物ではない」と隣接の藩の名物をこきおろす。武術でも食べ物、名物でもこうして競い合った。
 それは小さな国が隣り合っていがみ合ってきたヨーロッパでも同じこと、とりわけ食料や嗜好品ではなかなか譲歩しない。

 小さなことが大事件になった1例がスパゲッティだった。
 これはイタリア人にとっては決して小さなことではない。イタリア発祥のスパゲッティは腰のあるヂュラムセモリナというイタリアでとれる小麦で作られたものなければならず、それはローマ時代から決まったことなのだ。どこか素性のしれない外国から輸入した小麦粉で作ったものなどスパゲッティと呼ばせるわけにはいかない。
 これに対してよその国は、それでは高いイタリア製のスパゲッティしか食べられないことになる。それに長く親しんできたわが国のスパゲッティ業者を見捨てることはできないと、こちらもとことん頑張って折り合いがつかない。

 同じようなことがビールについてもあった。
 ドイツは昔からビールは麦芽とホップ以外のものをまぜて作ってはならないと法律で決めており、コーンスターチやアルコールを加えた外国産のビールの流通を禁じていた。すなわち統合が実現しても、ドイツではよその国のビールは流通してはならないとの立場である。
 ほかの国は、ビールにもいろいろあっていいではないかーと譲歩を迫ったけれどもドイツは態度を変えようとはしない。ドイツのビール醸造業界のかたくなな態度に政府も弱りはてていた。

 いよいよ統合という段階になると、こうした案件はほかにもいろいろとあることが分かって、ブリュッセルのEU統合本部は頭を抱えた。
 このときEUの裁判所が画期的な判決を行う。
 「どのような商品であっても、参加国のどこか1国で流通している商品は、域内のほかの国でも商品として受け入れなければならない」

 これが商品(もの)に限らず、あらゆるものについて適用されることになった。
 この裁判ではディジョンのカシス酒がテーマだった。カシス酒というのはスイスの国境に近いフランスのディジョン地方で昔から醸造されているアルコール度15%-20%の果実酒だ。ところがドイツにはアルコール度数32%以下の果実酒は売ってはならないと法律でさだめてある。このようなカシス酒は扱うことができないとドイツがはねつけて裁判になっていた。

 しかしこの裁判の判例が、サービスの分野などでもくすぶっていた案件を一挙に解決する味な万能判決であることが判明した。
 教員の免状や医師免許にはじまって無数にある国家資格をめぐる争いが、この判例を適用することで解決したのである。
 民族の誇りにかけて心血を注いできた教員試験のカリキュラム、医師の免状などが、よその国と一緒くたにされることについてはどこの国でも不満がくすぶっていた。かといってそのようなことに拘泥していたのでは人の自由な往来もサービス部門の交流も一歩も進まない。それをカシス裁判は一刀両断に解決したのである。

 このようなことを書くのは、いずれこうしたEUのノウハウが日本でも必要になるだろうからである。どこでだって小さなことが大事件なのだ。
 大きな案件については前日のブログでジャック・ドロール委員長が「大きなことはいいことだ」と言ったとさらりと触れたが、ビジネスの世界はそんなに簡単な甘いものではない。
 都はともかく、道州の統合ということになれば行政だけでなく、バス会社もトラック会社も、新聞やテレビ局もが統合と再編の嵐にもまれることになる。運びようによっては都道州制反対の声が、日本列島を覆うことになるかもしれない。

 行革反対の声を聞いてニンマリするのはEUであり、アメリカだろう。中国もまたホッとするかもしれない。
 日本が財政難の処理に困り果て、ヘリコプターマネーのような禁制の財源に手をつけるようなことになれば日本の政治と財政金融の信用は地に落ちる。

これについて21日、日銀の黒田総裁が英BBCラジオのインタビューで「ヘリコプターマネーについては検討もしていなければ必要もない。ほかにも選択肢はある」と述べたことが伝わると、1ドル=107円20銭まで戻していた円が105円前半まで2円近くも急騰する場面があった。
日本は禁じ手のヘリコプターマネーに手を出さないではいられまい、それほど困窮している。良し悪しはともかく、それはそれで設けるチャンスだとハゲタカファンドが巨額の資金を投じていたことが透けてみえた。

 日本の財務はいまや世界中が凝視する大きな問題になっていることを示した。
 いくらつらくても国の借金地獄の原因がなくなるように、まずは東京から税金の無駄をなくし、とことん節約する都道州制への着手をみんなで考えようではないか。
                                                  つづく

作成:Sanshiro 2016.07.21 更新:2016.07.30

犬猿の隣国(県=藩)と共存させるためのEUの知恵

 EUに恩返しする意図を秘めた広域サイバー行革の都道州制が、新しい都知事に採用されるかどうかはわからない。
ただ財政問題の深刻さからみて今回の都知事選あたりがぎりぎりのタイムリミットだろうと考えている。獅子の前髪にも似たかすかなチャンスに賭けて、できる準備だけは進めておきたい。

日本と県とEUの国境を取り払った国とは別物である。県は日本国のなかの地方自治体であり、EUの国は主権を持つ国家だ。
スケールとしては日本は人口1億2500万、EUが3億2000万、財政規模でいうとEUの当初の参加12か国の半分ほどの規模になる。1国でEUの12か国を束ねた総額の半分(当時)だというのだから、日本というのは大した国なのだ。

EUが隣国同士の国境を取り払って、人、もの(商品)、お金(資本)、サービスに関して自由に移動、流通させるというヨーロッパの国家統合の試みは、日本が都道州制で隣り合った県を一緒にするときの参考になることが多い。

日本では廃藩置県で藩を県にしたような区割りになっている。戦国時代にはそれぞれが領地を巡って戦った。そんな歴史の記憶はもう歴史書の中とはいえ、隣接する県の人々は決して仲は良くない。それはビジネスにも及んでいる。
テレビで路線バスを乗り継いで旅をする番組が流行っているようで観ることがある。そうすると小さな県なのに、県境を越えて隣の県に行くバスがない。一事が万事、日本列島はこんな具合なのである。
これまで道州制のメリットはよく知られながら、なぜか地元の受けが悪くて自然消滅してきた理由の一つがこうしたそれぞれの県の人々の県民性の違いだろう。日本は山また山の国だ。大きな山を越えると言葉(方言)までが違うというところは沢山ある。だからお互い山向こうに住む人々の悪口をいう。

わたくしは山形県の内陸部、最後には上杉一族が統治した米沢藩に一角に生まれ育ったが、昔は海の幸などほとんど口にすることができなかった。タンパク質は最上川上流域の川の魚やニワトリの肉、卵くらいなものだった。だから独特な方言がいまも残っている。
一山超えた、といっても月山を超えた先に位置する鶴岡の人々は、こんな内陸部の人々をほとんどサル呼ばわりである。最上川流域には連綿の歴史があり、そこでは類まれな価値観が育まれてきた。文化的にも相当に高いと自負している。だからお互いさまなのだが、こうした人々が一つの行政体にされてしまうことには生理的な嫌悪感すら覚える人は少なくないだろう。
徳川幕府が謀反の監視のために、幕府に友好的な大名の隣りにいざというときには幕府に弓を引きそうな大名を置いたから、どうしようもない。

一方で、かつて大名行列が練り歩き、籠がえっちらおっちら走っていた江戸時代そのままの行政区割りが、長年の間にえもいわれぬ居心地の良さを醸し出している。それをいいことに変化を喜ばない、言葉を変えて言えば変化に耐えられない日本人をいたるところにはびこらせてしまった。
 
EUの単一市場にまとまっている国々にしても、元はといえば全面戦争をなんども繰り返してきた仲の悪い民族である。とくにドイツとフランスは1世紀の間に3回も戦争をした。お互いの民族が怖くて仕方がないから、平和にやろうよと手を握っているのである。
1951年にジャン・モネが発案して実現した共同体は、戦争をする原動力になる石炭と鉄鋼を国家を超える共同体にゆだねて共同管理するという「不戦同盟」なのである。
ジャン・モネは国際商品であるコニャック(ブランデー)の醸造家に生まれたコニャック商人で、世界各国を営業に歩いている。ヨーロッパの国々は小さすぎてグローバルな競争力が持てないから、統合して大きくなるべきだとも考えていた。だから石炭鉄鋼共同体の理念を他の商品に適用すれば、いくらでも拡大できる仕組みを組み立てていた。

この原理を1985年、EC委員長になったジャック・ドロールが人、もの(商品)、お金(資本)、サービスにまでドーンと広げた。サービスというのは教員資格とか医師、保育士などの資格、大学の学生の単位などで、これらについても国境をなくして、加盟国の国民ならばどこの国でも効力があるとすることを決めたのである。
ドロール委員長はこの推進にあたっては、企業が競争力を強めるためにM%Aなどを行うことは「大きいことはいいことだ」と奨励した。国単位の市場が統合によって大きくなるのだから、その中で弱肉強食が行われるのはやむを得ないと市場原理に委ねたのである。

1992年末に完成した国境障壁のない単一市場の完成がヨーロッパの国家統合の第2フェーズだとすれば、2002年1月の単一通貨ユーロの市場流通は第3フェーズだろう。
加盟国がこれまでの各国の通貨を捨てて、ユーロ通貨を採用することを最終的に決めたマーストリヒト条約は大いにもめた。デンマーク国民が拒否し、肝心要のフランスでも条約の批准を国民投票にかけたときは賛否が拮抗して危うく葬られかかった。
賛成51,05%、
反対48,95%。

国民に批准を呼びかけるフランスのミッテラン大統領は、「否決にでもなったら、我々は日本に勝つことができないのだ」とテレビで演説して最後の最後まで日本の脅威を強調した。
 なにもそこまでわが母国について大統領が言うこともないではないかとわたくしは反発したが、いま、日本が金融恐慌の発生源にさえなりかねないところまで追いつめられて対策を考えているとき、それまで数十年の成果が無になりかねない局面での故ミッテラン大統領の懸命の思いが分かるような気がするのである。
 原稿が長くなった。市場統合に役立つEUの興味深いノウハウの話は明日にしよう。
                  つづく
作成:Sanshiro 2016.07.20 更新:2016.07.30

ユーロパワーに襲われた日本

近ごろ、英国が国民投票で離脱を決めたことでEUの単一市場が大きな話題になった。この単一市場はどうしてできたのか。

じつはこれにわたくしたちの日本が大きくかかわっている。このことを知っている人は多くはないようだ。
1970年代から80年代にかけて日本製品がヨーロッパ市場に進出して、各国の地場産業を次々とノックアウト、どこの国も不況にあえぐようになった。その打開策として各国が、人、もの(商品)、お金(資本)、サービスについて国境障壁を取り払うことを決めたのだった。
日本製品の勢いはそれほど激しくて、フランスなどは日本製品にかける関税の受付事務所をわざわざポアティエに置いた。ここは軍事的要衝で732年の昔、フランク王国がウマイヤ朝のイスラム軍を撃退したところ。フランスはMade in Japanになど絶対負けないぞという意思表示でもあった。

1985年、ブリュッセルの当時のEC委員会に辣腕の財務の専門家、いずれはフランスの首相と目されていたジャック・ドロールが任命された。就任にあたってドロール委員長はこう語った。
「ヨーロッパは重大な岐路にある。ヨーロッパの食事や文化を楽しむアメリカ人や日本人の博物館になるか、それとも経済を立て直して名誉あるヨーロッパとして再生するか―である」
そして「ヨーロッパの12か国の人口は3億2000万、これだけの人口が国境を取り払って一つになり、経済の障壁を取り除けば、必ずや競争力を取り戻してアメリカや日本の商品との競争に勝てるようになる」と続けた。そしてその実現のときは1992年末だと語った。
 
 単一市場の原型は1951年にすでに出来ていた。そのときの中心人物はEU統合の父と呼ばれるジャン・モネというやはりフランス人である。
朝鮮戦争がアジアで火を噴き、西ドイツがソ連との対決に備えて再軍備させられようとしたとき、モネはそれはまたしてものドイツとフランスの戦争の布石になると考えた。そこで当時、戦争遂行の素材と考えられていた石炭と鉄鋼について国家を超える共同体という超国家機構にゆだねて管理させることを西ドイツに提案した。
大陸側のヨーロッパ諸国ではまだ第二次大戦で焦土と化した記憶が生々しかった。このため西ドイツのアデナウアー首相はすぐさま賛同し、これを聞いたオランダ。イタリア、スペイン、ルクセンブルグも石炭鉄鋼共同体(ECSC)に参加することになった。
このとき各国を結束させたものは第二次大戦の戦火の再来への恐怖心だったといえる。

しかしフランスに愛国主義者で国民国家を信奉するシャルル・ドゴール大統領が就任すると国家のなかに国家を超えた機構が存在することを嫌って目の敵にした。このため共同体の活動は低迷を続けて、ブリュッセルのEC本部は閑古鳥が鳴き、ニュースがなにも出ない記者クラブに駐在する記者もいなくなってしまった。

それがジャック・ドロールが委員長に就任して、その年のうちにECサミットで国境なき共同体の推進が決議され、1992年までに国家間のあらゆる障害をなくす300項目に及ぶ提案が盛り込まれた白書が採択されるや、世界の見る目が変わってきた。
さらに1986年2月、単一共同市場建設を明記した単一ヨーロッパ議定書が調印され、87年7月に発効すると世界中のビジネス業界は騒然となる。眠れる重病人のヨーロッパはついに目を覚ましたのか。

このころEC委員会がコンサルタント会社を動員してまとめた16冊、合計6000ページに及ぶ単一市場による経済効果についての報告は、いやがうえにもブームを煽った。責任者の名前を冠してチェッキーニ報告と呼ばれた報告書は次のようなメリットを謳っていた。
① 市場の完成による効率改善、競争力強化、コスト削減によって経済は活況を取り戻し、国内総生産(GDP)を4,5%押し上げる。
② 消費者物価を平均6,1%引き下げることができ、その結果、公共部門でGDP比2,2%のコスト削減効果を生む。
③ 180万人の雇用創出が行われ、これにより失業率が1,9%下がる。
④ 長期的にはコスト削減、生産効率の改善が相乗効果を上げ、それによってGDP比7,5%のアップと600万人の雇用創出がみこまれる。

 これらは域内の波及効果だが、諸外国のビジネスマンたちが心配したのは、一旦、単一市場ができてしまったら外国資本が入り込めない障壁を設けるのではないかということだった。
 もしそのようなバリアーが築かれたら、世界的に見て消費意欲が旺盛で文化的にも高いヨーロッパの人口3億を超える市場を失ってしまう。それこそ大損失だとアメリカ、日本をはじめ世界中から外資がヨーロッパに向かって流れ込み始めた。これが西ドイツのベルリンなど主要都市に時ならぬ繁栄をもたらす。
これをみた東ヨーロッパ諸国の国民が「われわれもヨーロッパ人だ。このままソ連圏にいたらいつまでも幸せになれない」と焦り出した。東ドイツの若者たちはこうしてはいられないと旅行が許されているソ連圏のハンガリーに向かい、そこから鉄のカーテンの鉄条網をくぐり抜けてオーストリア側に脱出して西ドイツへと亡命した。
これが鉄のカーテンが内側から破られ、ベルリンの壁が崩壊して東欧諸国に民主化のドミノを起こすアリの一穴になった。単一市場は1992年末に完成する前にどでかいことをやってのけたのである。

EU単一市場は日本の経済進出が契機になって生まれ、単一通貨ユーロも創出された。いま日本が財政危機に陥っている多いな原因はこのEUの台頭のせいもある。
 かつてわたくしはビジネス丈夫氏「ウエッジ」にコラム「ヨーロッパの明日」を20年連載して、その一部を「ユーロパワー 日本を襲う」と題した本を出版したことがある。まさしくEUの国家統合は設計したジャック・ドロールらの願いの通りに、ヨーロッパに塗炭の苦しみをなめさせた日本経済に対するリベンジに成功したのだと思う。

 1985年から30年、あまり長い間の変化なのでこの国際経済のドラマが見えないか、あるいは見ようとしないで、日本の政治家はただただ赤字債権を積み上げて日本経済を断崖絶壁まで追い込んでしまった。G7でさらに赤字国債を刷ろうとする日本の提案が冷笑されたのみか、通貨安競争にストップをかけられたのは当たり前のことだった。
 こんどは日本がEUへのご恩返しに、再生のための大胆な行財政改革に乗り出す順番なのだが、この国際経済の劇的なドラマの筋書きをなんとしても分かってもらいたいものである。
 都知事選の場外参戦のブログの真の目的はそこにある。
                                           つづく
作成:Sanshiro 2016.07.19 更新:2016.07.30

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