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中央アジアの関ヶ原の戦い

予想していたとはいえ、あまりの中国の手際のよさである。
習近平中国主席はイランへの制裁解除が確定した数日後にはテヘランを訪問して、テヘラン―マシャド間の高速鉄道の建設を取りつけた。

テヘラン―マシャド間の高速鉄道は1970年代後半、日本が新幹線を建設することでイランと合意していたルートである。詳細な調査が終わり、着工するばかりになっていたが、1978年暮れのイラン革命で中断になっていた。

だから2015年7月、イランが核開発問題で譲歩して経済制裁の解除の方向が固まった段階で、わたくしは「地球改造論」(eブックランド 2015年9月11日刊)を電子出版して、なにがなんでも日本の新幹線計画を復活させようと関係者に呼びかけていた。
http://www.e-bookland.net/gateway_a/details.aspx?bookid=EBLS15091100&c=89

「地球改造論」に書いたように、1975年にイランと日本の海外鉄道技術協力協会(JARTS)との間で契約が交わされた新幹線計画は首都テヘランからイラン東部の聖地マシャッドまでおよそ900キロもの距離を結ぼうもの。そのころの日本での営業は、まだ東京=新大阪間の515キロだからその倍近い長さだった。

1976年には運輸・施設・電気・軌道・車両・車務などの各分野の専門家がイランに飛んで現地での調査に入った。日本としては初めての新幹線の海外輸出である、これが成功すれば新幹線は世界中に路線を広げるかもしれない。鉄道マンたちは大きな期待に胸を高鳴らせながら日夜、路線の調査と測量など建設計画に取り組んだ。

テヘランーマシャッドの路線は、地図でいうとカスピ海の南側にそびえるエルブルズ山脈の南麓を東西に走る。気候的にはそう高温でもなく、日本の技術陣にとって未知の問題はなかった。1978年初めには第1フェーズのマスタープラン(総合計画)がまとまり、テヘランから東側100キロの部分に着工するため詳細な設計を含む実施計画の第2フェーズの設計に入った。このときにイラン国内でイスラム勢力による反王政運動が激しくなり、78年暮れにパーレビ国王が出国を余儀なくされて新幹線計画も事実上、ご破算になってしまったのだった。

このようないきさつのあるテヘランーマシャド間のルートなのだから、イラン側もある程度は日本に対して配慮するのではないかと、日本側にはかすかな期待があった。しかし、1月23日の習近平主席とロウハニ大統領の会談後に発表された合意文書は「テヘランーマシャド間の高速鉄道は中国が資金を提供して建設する」と明記して、日本の挽回の余地さえなくなった。

北西部のイラン第2の都市マシャドは、中央アジアへの玄関口に位置している。中国にしてみれば、間に峻険な山岳国家アフガニスタンがあるために、一帯一路の現代のシルクロードを結ぶためにはどうしても確保しなければならないところだ。日本でいえば列島の東西を結ぶ関ヶ原のようなところで、中国は今回の合意でユーラシア大陸の戦略的な要衝を確保したといえる。

日本には、札束攻勢で中国にさらわれてしまったインドネシアでの新幹線計画に次ぐ敗北だといえる。中国はイランがアメリカと外交関係の断絶している間も、テヘランを陰に陽に支援してきた。だから予想はされていたとはいえ、このままでは日本のインフラ関連の輸出は苦境に立つことになる。

いま、わたくしはアフリカに目を転じて、自爆戦士と難民を輩出する温床と化したアフリカを豊かにしたいものと「列島改造論からアフリカ改造論へ」を書いている。ここでも中国は国家戦略として攻勢に出ている。日本も早く目を覚まして戦略を打ち出さなければならない。
作成:Sanshiro 2016.01.26

アフリカは豊かな穀倉地帯に変貌できる

明けましておめでとうございます。
今年のわたくしの仕事初めは電子書籍の連載「列島改造論からアフリカ改造論へ」です。序文ができたので、一足早く社長ブログでご覧ください。

はじめに
まさか恐怖の自爆テロの時代に、局面打開の救世主として田中角栄元首相の名前を聞こうとは思いもよらないことだった。
ほとんど忘れかけていた田中元首相の名前を口にしたのは、JICA(国際協力機構)の職員である。

「いまの中東アフリカはみるも耐えがたい。自爆戦士と難民の群れが北に向かうのを思い止まらせるにはアフリカを豊かにするほかはないと思う。日本はコメ作りを大々的に支援してはどうだろう」と、わたくしが持論をまくし立てるのを聞いていた職員は、「セラードというのをご存知ですか。南米を訪問した田中角栄首相が日本の国際協力を申し出て、不毛の原野として放置されていた熱帯サバンナを世界有数の穀倉地帯に変えたのです」
「いまや大豆の生産でブラジルはアメリカをしのぐ世界一の生産国なのですよ」という。

そして「セラードのような熱帯サバンナは、じつはアフリカ大陸にブラジルの何10倍も広がっているのです。これらの熱帯サバンナを開墾し、栄養分を失った土地をブラジルがやったように改良すれば、様々な農作物を育てることができるようになるはずなのですが・・・」と、歯切れが悪い。
これまでもブラジルの成果をアフリカに活かそうとする日本とブラジル、モザンビーク3カ国の合同開発計画があったけれども、とん挫しているのだという。本文で詳述する2011年から10年計画でスタートしようとした「プロサバンナ計画」のことだ。

後日、取材して分かったことは、開発計画が明らかになるやロンドンに本拠地を置く環境保護団体が反対運動に乗り出し、日本はもちろん世界各国の自然保護や野生保護のグループに呼びかけて抗議行動を始めた。昔からの地元の農民たちにも「だまされるな」と吹き込んで事業に着手さえできない不穏な状況を作り出した。このためにせっかくの計画が執行できないまま宙に浮いてしまったのだという。

この事態は「残念なことですね」といって簡単に片づけるわけにはいかない重大な問題をはらんでいると思う。
わたくしは1989年にケニアでゾウの密猟を取材したことがある。だから自然保護、野生保護の大切さは知っている。当時は「ゾウが生きられないような地球は人間も生きられない」という彼らのスローガンに感心し、同感もした。
しかしいまの中東アフリカはそれどころではない。自爆テロ戦士を輩出するのみか、絶望した難民たちの群れが北方のEU諸国に殺到している。その数は2015年の1年だけで100万人を越えた。

「自然破壊を許すな」といういつもながらの論理で開発反対運動をあおり、妨害する環境保護団体は時代錯誤に陥ってしまったといえよう。百歩譲ってそれが善意から出た抗議だとしても、中東アフリカ情勢は激変した。アフリカ市民を豊かにしようとする熱帯サバンナの開発に反対する環境保護団体は、いまや事実誤認によってゾウたちを殺す側に回っていることに気が付いていないのだろうか。
もう希望がないからと人間が逃げ出すようなアフリカで、ゾウなどの野生動物が生きられるわけがない。「人間が生きられないところではゾウも生きられない」と現実は逆転してしまった。実際、おとなしいゾウは象牙を売って活動資金にしようとする過激派組織の餌食になって日々、急激に数を減らしている。

それともロンドンに本拠地を置く環境保護団体の動きは旧宗主国の政府の意向を汲んでのことなのだろうか。そうだとすればうなずけなくもない。
奴隷狩りの時代からアフリカを支配してきた旧植民地帝国主義の国々は、相も変わらずアフリカ市民を下僕扱いして、貧しいままに捨て置こうとしているようにみえる。多くのアフリカ市民は劣悪な生活環境のままに暮らしており、まともな教育も受けられない。だから人々は希望を失って死をも賭して地中海に乗り出している。

しかしながら熱帯サバンナを肥沃な農地にしてアフリカを豊かに変貌させようとする試みを邪魔している環境保護団体の抵抗は、もうアフリカ市民の支持を得られないだろう。国際情勢が様変わりしたからばかりではない。計画の中断騒ぎが報じられて、ブラジルを世界有数の農業大国にした「セラードの奇跡」についての情報が一般のアフリカ市民の間に広く流布されて浸透したからである。
あのブラジルがなぜ、五輪を開催できるほどの農業大国になったのか。その秘密が日本の国際支援で始まった熱帯サバンナ=セラードの開墾にあったという事実を、知識欲に燃えるアフリカ市民の多くが知るようになった。その熱帯サバンナがアフリカにはほとんど無尽蔵に広がっていることを知って、我々もとブラジルの現地に視察団を送り込む国が増えている。
これらのアフリカ市民はもうすぐ開発に反対する環境保護団体の偽善を見破って、こんどはアフリカをサファリを楽しむ遊び場として、貧しいままに捨て置こうとする無責任を追及しはじめるに違いない。

野生動物の保護についていえば、ブラジルのセラードでは野生の動植物の環境保全にも気が配られている。農場周辺には自然保護回廊が縦横に張り巡らされ、熱帯雨林を不法に伐採する悪い輩は、雲があっても闇夜でもマイクロ波センサーで地上を観測できる日本の衛星「だいち」によって探知されて即座に捕えられるようになっている。アフリカ上空に同様の農業専用の気象衛星が打ち上げられて利用がはじまれば、夜陰に乗じてゾウを密猟する一味をみつけ出して、摘発に威力を発揮するだろう。

日本は急ぎ、アフリカ戦略を打ち出して、改めてアフリカでの熱帯サバンナ開発を始めるときがきている。第1号のモザンビークでの計画がこじれていて再開が難しいのであれば、ほかの希望する国で始めればいい。それも複数の国の、複数の土地で、同時に着工して競争させながら進めるのがいいかもしれない。ブラジルで大成功をおさめたこの方法は「ビッグプッシュ」と呼ばれる。

わたくしは自爆戦士と難民たちが早く故郷に帰れるようになることを祈ってこの原稿を書いている。それにこのプロジェクトは爆発的に増え続ける世界人口と食糧問題の解決にも役立つはずだ。
1987年に50億人といわれた人口は、2011年には70億人に達して、現在73億人。国連人口白書は2050年を過ぎるころには100億人に達すると予測している。
これほどの人口を養える食糧を新たに生産できるのはアフリカのほかにはない。ケニア1国だけで日本の水田面積をすべて合わせたくらいの稲作に適した土地がある。これらの土地はゾウなど野生動物たちの聖地である国立公園とは重複しないのである。

これまで放置されていた原野を、ブラジルで培った技術で開墾し、耕作に適した田畑にすればアフリカは世界の人々を救う穀倉地帯になる。
日本人は大村智教授のオンコセルカの特効薬でノーベル医学・生理学賞を受賞した。大阪大学微生物病研究所の堀井敏宏教授が発見したマラリアワクチンももうすぐ実用段階にはいる。
人類社会は科学技術の発展とともに進化し、成長してきた。どこにも負けない農業の技術を持つ日本人は、こんどは幾多の障害、妨害を乗り越えて必ずや、緑の革命を実現してアフリカ市民を豊かにすることだろう。

それはわたくしたちの決意にかかっている。

                     続く連載をご期待ください。
作成:Sanshiro 2016.01.04

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