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日本は兵器より平和と新幹線を輸出しよう

思うところがあって有楽町の東京国際フォーラムを訪ねた。開催中の世界高速鉄道会議(国際鉄道連合UIC主催 7月7日~10日)の様子を見に行ったのである。

セミナーやセッションのほかに地下1階を使って、新幹線に関わる内外の企業が出展する展示会も開かれていた。会議そのものの傍聴は20万円、展示会だけでも2万円の入場料だというので入ってみるのはやめたが、通路から展示場が見えてその雰囲気は十分にうかがうことができた。

門外漢のわたくしがこのような国際会議にのこのこ出かけて行ったのには、いくつかの理由がある。会議は「過去を祝し、未来を描こう」のスローガンを掲げて開かれた。わたくし自身が最近、新幹線の技術で地球を改造できないものかとマジで考えるようになっている。

理由その1は、目下の世界情勢である。ワシントンの米議会ではイスラム過激派との戦いが長引いて戦況が好転しないことにいら立ちが高まっており、共和党のなかからは地上軍投入の声が上がり始めた。日本の国会での論戦にもそれが投影されている。

しかし実際問題、地上軍を投入したからといって、1979年のパーレビ体制の崩壊とホメイニ師凱旋に端を発するイスラムの逆襲を抑え込めるのかどうか。爆弾を抱えて自爆する少年や少女たちをなくすことができるのかどうか。だれにもその先の答えはない。

わたくしが世界高速鉄道会議に足を運んだ直接の理由その2は、アフリカのタンザニアなどでゾウの密猟が激しくおこなわれているという報道を目にしたからである。2009年には10万9051頭いたゾウが、2014年末にはわずか4万3330頭へと60%も減った。

隣接するケニヤでゾウの観察を続けている中村千秋さん(酪農学園大学特任教授)に聞けば、まさしくゾウは絶滅の危機にさらされている。いまや象牙は闇市場で重さ当たり金と同じくらいの価格で取引されている。「ゾウは10年先、30年先には絶滅するかもしれない」などといまだかつて彼女が口にしたことのないことをいう。

貧困のためもある。しかしアフリカの一角、ナイジェリアではイスラム過激派のボコハラムが少女たちを自爆テロに利用していると報じられている。人の命はおろか、世界の歴史的遺産を破壊してその力を誇示している勢力にとって、ゾウなど金の象牙にしか見えなくなっているに違いない。

万事休すかもしれない。しかしあのゾウがいなくなるなどということがこの世にあっていいものだろうか。

さまざまに思いめぐらすうちに、ひとつの構想が浮かんできた。
わたくしはイスラム復古主義が台頭する発端になったイラン革命から知っている。あれから四半世紀も過ぎてホメイニ師が指示した西欧文明との戦いは広がり、激化している。イスラム原理主義者たちは自らの尊厳を確立するまでは死闘を挑んでくるのではないか。このままでは空爆しても、地上軍を送り込んでも、極地的で短期間の安定しか取り戻せないだろう。

おそるべきこの世の不幸になんとしても終止符を打ちたい。そのためには、中東、アフリカのイスラム教徒が、将来への希望が持てるようにならなければならないのではないか。小さな漁船にすし詰めになって、密入国のために死を賭して地中海に漕ぎ出さなければならない状況では、原理主義者たちの主張に同調する者は後を絶たないに違いない。

だから日本はアフリカの人々に夢と希望を輸出する国になるべきではないのか。もしかするとそれは本当にできるのではないか。こう考えて東京国際フォーラムで開かれていた世界高速鉄道会議に足を運んだのである。

笑いたい者がいたら笑えばいい。
わたくしはまず北アフリカのマグレブ諸国を、地中海沿いに砂漠の中を突っ走る「マグレブ特急」をイメージした。エジプトのカイロかアレキサンドリアからモロッコのカサブランカまでを日本の新幹線で結ぶのである。せっかくだから旅客だけでなく、貨物も運ぶ高速鉄道にして北アフリカの産業発展のインフラを目指す。工事費はこれらの国々が産出する石油で払っていただく契約にすれば日本も大助かりだ。

武装勢力によるテロが横行する北アフリカでそのようなことができるわけがないと誰もがいうかもしれない。
わたくしは逆ではないかと思う。将来に経済発展に向けての夢のプロジェクトであれば、アフリカの国民は大切にするし、それぞれの国の威信にかけて協力し、守り、治安の維持に努めるに違いない。それでも十分でないならば重武装したアフリカ版アルソックを立ち上げて、沿線を警備し、列車内にも乗せる。それで案外、治安は回復するかもしれない。問題があるとすれば大砂嵐ことハムシーンだ。

これが成功したら、次はカイロから南アフリカのケープタウンまでの南北縦断高速鉄道だ。イギリスの帝国主義者セシル・ローズさながらの妄想ではないかと指弾されるかもしれない。だが、彼のように武力でアフリカの植民地化しようとするのではないのだ。むしろアフリカの人々が尊厳を取り戻し、繁栄するための地球改造プロジェクトである。

これぐらいのことができなくては、日本は永遠にアメリカの傭兵だ。日本は4次にわたる中東戦争で手を汚していない。このためにアラブとアフリカ諸国のイスラム教徒からは好感をもたれ特別扱いされてきた。そこに戦闘員として自衛隊を送って戦うなど愚の骨頂だろう。

日本は飛び道具が発達しない時代には海洋と神風に守られて平和が続いた。外国船が横行するようになっても鎖国で300年の泰平を謳歌した。その後、大戦の不幸はあったが、70年の平和なが続いている。こんな国は、地球規模でみても日本だけの奇跡的な国なのである。

このような日本には兵器よりも、平和と繁栄のための輸出が似合っている。アフリカ人だっていつまでも自然だけでは我慢ができないだろう。そのほうがゾウたちにとっても生き延びられて幸せかもしれない。

世界に誇る新幹線の技術で、日本はこの世の最大の不幸の解決に貢献しようではないか。いま、わたくしたちが決断しなかったら、きっと中国がアフリカ中に鉄道網を建設してしまうだろう。
作成:Sanshiro 2015.07.11 更新:2015.07.18

采配した佐々木則夫監督のバックボーン最上川文化を考える

こういえば、山形の尾花沢出身の佐々木則夫監督は喜んでくれるだろう。
「おなご」とはズーズー弁で女子、女性の意味である。蔑称でもなんでもない、「日本の女性は強くなりましたね」という意味のごく普通のいい回しだ。

いや、本当に強い。澤選手の劇的なヘディングシュートでアメリカを破って優勝してから4年、またも女子サッカーの゙世界選手権の決勝は日本vsアメリカになった。

勝負は時の運―という言い方がある。
しかしこれだけ偶然が大きく作用するスポーツで、死にもの狂いの相手国チームを次々となぎ倒してここまで来た。運などというもので勝ち進んできたのではないことは誰の目にも明らかだ。各選手一人ひとりが1流の世界最高のサッカーチームであると断言していいだろう。

太平洋の外れの島国のおなごたちが、欧米、南米の大女たちのチームと渡り合い、勝ち進んできた。身長には恵まれないが日本女性の心技体は大女たちと互角どころか、上回ることをみせた。これ以上、痛快なことはない。

世界最高のチーム「なでしこジャパン」を育てたのが佐々木監督である。
佐々木監督は最上川のほとりでおばあちゃんと地元の人々に育てられた。父親は関東に出稼ぎに出かけて帰らなかったからである。だから佐々木監督は古くからの山形、それも内陸の最上川渓谷で醸成された古い連綿の伝統がその心に刻み込まれている。

どのような相手に対しても礼儀正しい。人の言うことはよく聞く。言葉使いは丁重である。それはうわべだけのものではない。おばあちゃんと暮らすうちに骨の髄まで浸み込んだ最上川文化ともいうべきものから滲み出てくる人間性そのものであって、裏がない。

だから「なでしこ」の選手たちは純粋に監督をしたう。佐々木則夫監督は裏表のない人だから、選手たちは一丸となって走り、突き進む。準決勝で後半の時間切れ寸前、怒涛の勢いで迫る「なでしこ」の前にイングランドがオウンゴールしてしまったのはその勢いに押されてのことだった。「なでしこ」は山の国、山形の最上川が育んだ伝統文化に裏打ちされているからこそ強いのである。

このようなことをいうのは、わたくし自身が最上川育ちだからである。生まれたところは米沢方面から流れてくる松川と白河が合流して最上川が始まる源流のあたりだが、そこに生まれ育った人々の独特な心使いがわたくしにも浸み込んでいるらしく、佐々木監督の所作と言辞に最上川人ともいうべき独特なニュアンスを感じるのだ。

最上川文化については、近隣の人々からも一目おかれている。7、8年前、黛まどかさん主催で「日本発見塾」が庄内地方で開かれるというので、応募して参加したことがあった。仙台駅から観光バスで奥羽山脈を越えて山形に行ったのだが、そのときバスのガイドさんは「山形にはとても優美な文化が残っていて、わたくしたち宮城県人など恥ずかしくなるほどなのです」と特別扱いしたのにはたまげた!

あんまりお国自慢をすると、かえって佐々木監督に怒られそうだからこれぐらいにするが、「なでしこ」の快挙には佐々木監督に刻まれた最上川文化というバックボーンがあればこそだということは申し上げておきたい。

山形の内陸部は月山、蔵王山、飯豊山、吾妻山などなどの山々に囲まれている。そこで長い年月をかけて育まれたかけがいのない文化は、とてもとても価値あるものだと考え始めている。

山に囲まれているために、内陸部は案外に雪は多くなく、むしろ山々は季節風の防壁になってくれているところがある。このことを痛感したのは、3.11のときだ。福島第一原発の放射能を含んだ雲塊プルームがなんと奥羽山脈に阻まれて山形県内にはほとんど入り込まずセシウムなどを降らせなかったのだ。山岳部にはかなり降っていると思うのでそう楽観しているわけではないが、改めて山々には感謝したいと思う。

放射能雲を撃退した山々に感謝する祭では、米沢牛の最高峰手の子牛を1頭、捧げるというのはどうだろうか。そのときには最上川人の最高峰、佐々木則夫監督にもゲストとして出席してもらわねばなるまい。


作成:Sanshiro 2015.07.02

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