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「テニスの女神」はスポンサー募集中

物心ついた時から、わが家にはラケットとテニスボールが転がっていた。ボールは黄色い硬式の皮のものではなく、軟式テニスのゴムのボールである。

教員をしていた父が運動万能選手で、テニスもよくやって強かったらしい。父の願いは、息子たちとともにダブルスの試合をすることだった。わたくしがまだラケットもろくに持てないほどのころ、父と長兄、次兄、それとわたくしの4人でテニスをした想い出がある。亡き父にとっては最も幸せな日であったことだろう。キリギリスがうるさいほどに鳴き、暑い日差しがただただまぶしい午後だった。

かくて、わたくしの青春時代はテニス一色に染められた。高校のクラブは3年間、テニス部だったし、大学にはいってからもテニス部を選んだが、あまりに厳しい練習にたちまちドロップアウトした。山形県の高校対抗のテニス大会では、相手の米沢興譲館高校の選手がなんと殿様の末裔という上杉なにがしという名前の品のよさそうな顔立ちの選手で、これにはびびった。負けてなるものかと妙に力んで、あっさり負けてしまった。

だからテニスというと、甘酸っぱい思い出とともに身体が自然と動き出す。なにしろ父からは食卓でウィンブルドンのシングルスで準決勝を戦った英雄、佐藤次郎(1908-34)の話を聞いて育ったのである。錦織選手の大活躍は、これはたまらない。今年のフランスオープンは地上波で中継したテレビ朝日と滝川クリステルに明け方までお世話になった。

錦織圭を準々決勝で破ったフランスのツオンガは、準決勝でスイスのワウリンカに敗れ、そのワウリンカが優勝候補のセルビアのジョコビッチを決勝で破って優勝した。観た人は多いと思う。

この決勝をつぶさに観ながら考えたことは、本当に錦織圭選手はもったいないことをしたということに尽きる。優勝したワウリンカにしても、ジョコビッチにしても、秀でた選手であることには間違いない。ただ優等生のテニスで、攻め方は単調だ。錦織圭だったら、必ずや先手を取ってペースを崩して勝機をつかむだろうと思う場面がなんどもあった。

あの日、照明塔のパーツがはがれ落ちるほどの強風が吹かなかったらと準々決勝での敗退が無念に思うばかりの決勝戦だったが、なに、パリのブーローニュの森のグランドスラムは毎年あるのだ。もう開催国フランスとイスラム、そしてアフリカに対してはこれで十分に顔を立てた。フランスとアフリカ、そして中東の治安維持と平和にも貢献したといえる。そんな時代である。

来年こそ錦織はやってもらいたい。そして実際にやってくれるだろうという確信が日々、強くなる。

創業から11年目のeブックランドでは、錦織圭選手に続こうと猛練習に励む青春群像を描くテニス小説「テニスの女神」が好評だ。
http://www.e-bookland.net/square/ebook.aspx?id=EBLS15021000

書いているのは新進のスポーツラーター、今村明道さんである。目下、続編の想を練っているところだというが、錦織圭の活躍に合わせてハラハラドキドキの展開を見せてくれることだろう。

スポンサーをなんとしても探して、これをコミックや動画にして大いに盛り上げたいものだ。


作成:Sanshiro 2015.06.08 更新:2015.06.09

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