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作家はなぜ、60年間眠っていた海底から帰還したのだろう

間もなく国内最大手の電子書籍の取次、MBJ(モバイルブック・ジェーピー)から、eブックランドの作品10点がアマゾンKindleから携帯ドコモなどの販売サイトに配信になる。その中に拙書「星の王子さまの赤いバラと銀の腕輪」があるので、ご紹介しておきましょう。

第2次大戦中、キプロス島から偵察機に乗って出撃したまま行方不明になっていた「星の王子さま」の著者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの搭乗機は、マルセイユ沖の地中海に墜落して沈んでいました。この事実が機体の製造番号で確認されたことは2004年3月25日、最初に東京から世界に報じられました。書いたのはジャーナリストとしてのわたくしです。フランス文化省の正式発表はその2週間後でした。

世界的なベストセラーである「星の王子さま」、それを書いたフランスの作家サン=テグジュペリの60年ぶりの発見が、本国フランスではなく外国の日本から最初に報じられなければならなかったところに「星の王子さま」という童話の謎を解く鍵がひそんでいます。それは祖国が占領されるという悲劇のなかでフランス国民が対独協調派と武闘対決派のレジスタンスに仲違いし、銃口を向け合ったしこりがいまなおフランス国民の間に残り、苦しめているせいなのでした。

ようやく「星の王子さま」の深い謎が解けたように思い、作家の搭乗機発見の物語を出版することにしました。わが祖国日本が「戦争をしない国」から、「戦争のできる国」に変わったこともあります。この次の戦争は、もしかすると祖国と民族分断の戦いになるかもしれない。「星の王子さま」の苦悩はもはや他人事ではないと思われるからです。

作品の全容は電子出版になってから読んでいただくことにして、ここでは「あとがき」だけを収録しておきます。

*****

「星の王子さまの赤いバラと銀の腕輪」 
あとがき

「星の王子さま」は童話のようなやさしい言葉で綴られています。しかしながら奥が深くて、書いてある内容をつかむのは容易なことではありません。

著者のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが、わざわざはっきりと分からないようにミステリー仕立てで書いたからです。

そのころドイツに占領されたフランスからアメリカに亡命してニューヨークに滞在していた作家は、ドイツに協力しながら祖国を取り戻そうとする側と、ドイツと戦ってフランスを奪還しようとするレジスタンス側の双方から、持論の平和主義を批判されていました。
このために童話という子ども向けの文体で思うところを訴えようとしたのです。そして言葉尻をつかまれないように細心の注意を払って書きました。だから「星の王子さま」にはどこを開いても謎がいっぱい詰まっているように思われるのです。

作家にしてみれば窮余のミステリー仕立てだったのですが、これが「星の王子さま」にあやしい魅力を加えて、子どもから大人まで幅広く世界中で読まれる童話になりました。あらゆる読み方を可能にした分かりやすい文体は人々に感銘を与えて読まれ、聖書、資本論に次ぐベストセラーとまでいわれます。
日本では原題の「Le Petit Prince」が翻訳者の内藤濯氏(1883-1977)によって「星の王子さま」というかわいらしくも卓抜なタイトルで出版され、いまでも年間10万部前後も売れているといわれます。最近は著作権が切れたことからいくつかの新しい現代語訳が生まれているので、もっと出ているかもしれません。

ですから「星の王子さま」は、老いも若きも、好きなときに、好きなように読めばいいし、それができる本です。子どもは子どもなりに、大人はそれぞれの年代と経験を積んでから読んで、その折々に行間に秘められた謎を解いて楽しむ童話だといえます。
それでも作家が書こうとした童話の真髄を本当につかもうとするならば、サン=テグジュペリにこの童話を書かせた当時の社会的背景と国際情勢を知っておいた方がいいでしょう。
作家はこの童話を書きあげると、フランス解放の戦いに参加するためにヨーロッパに戻って、北アフリカで偵察機の操縦士になりました。作家を敵視するレジスタンス軍の指導者シャルル・ドゴール将軍に邪魔されたこともありますが、平和主義者の作家はアメリカ軍に頼んで、戦闘機ではなく銃座の代わりにカメラを積んだ偵察機を操縦する道を選んだのでした。

そしてついに出撃したまま帰還しない日(1944年7月31日)がやってきます。それは連合軍によるノルマンディー上陸作戦(同年6月6日)が成功してレジスタンスと連合軍の機動部隊がフランスを占領したドイツ軍を駆逐しつつあり、パリ奪還の日(同8月25日)もそう遠くはないだろうと語られ始めたときでした。
フランス人であれば喜ばしいはずの好転する戦況のなかで、作家が操縦する偵察用ロッキードP―38ライトニング機はコルシカ島のボルゴ空港から飛び立ったまま行方不明になったのです。戦後になって地中海はもちろんヨーロパ中で捜索が行われたのですが、どこを探してもみつかりませんでした。

なぜ、あのタイミングでサン=テグジュペリは行方不明になったのでしょうか。これが「星の王子さま」の最大のミステリーでした。
搭乗機の機体がマルセイユのカランク沖で細かく砕けて広範に散らばっていることが60年ぶりに発見されたいま、行方不明の謎は解決したといえますが、偵察機は撃墜されたような損傷はなく、しかもほとんど垂直に墜落したとみられます。なぜなのでしょう? 最大の謎の解決はまた新しい謎を生んでいます。

作家の搭乗機の墜落位置を特定する糸口になった妻コンスエロの名前を刻んだ銀の腕輪にもミステリーが残っています。このようなブレスレットの記述はどこにもなく、作家が手や足にはめていたのを見たことがあるという目撃者もおりません。
銀の腕輪にこそ「星の王子さま」の謎を解く鍵があると考えてマルセイユからニューヨークへと足を運んで調べた筆者としては、サン=テグジュペリは北アフリカの町のどこかで、金銀細工師に自ら頼んで造らせたのだろうと推測しています。その理由は刻まれた妻コンスエロと童話の出版社の名前と住所が素直に物語っているのではないでしょうか。


星の王子さまはサン=テグジュペリの分身です。物語のなかで星の王子さまがフッと消えていなくなったと書いたように、作家は地球という惑星に別れを告げることを決意していたのではないでしょうか。
その最後の場所は紺碧の地中海の海でなければならなかったでしょう。マルセイユから西には子どものころ、母や家族と遊んだなつかしいサン=トロペがあり、ニースには南米から帰国してしばらくコンスエロと過ごした別荘があります。
腕輪に出版社の名前を刻んだのは、作家にとって最後に書いたこの童話ほど大切な本はなかったからなのでしょう。おそらくは彼のこの世への遺言のようなものだったのです。このように考えることによって謎のいくつかは解けて、星の王子さまのシナリオは完結します。とすれば世界に知られた大作家の、44歳という若さでの、なんという悲しい人生の設計図でしょうか。

このような作家の生き方を知るとき、愛国教育というものはなにも戦い方を教えたり、お国自慢をすることではないことに思い当ります。サン=テグジュペリは人に銃を向けることができないほどやさしい心根の青年に育って、平穏に生きることとそれを可能にする平和を大切にしました。フランスという国はドゴール将軍のおかげというよりは、よく考える情操の豊かな作家を愛情いっぱいに育てた母親がいたから偉大なのだと思うのです。

                                      横山三四郎   
作成:Sanshiro 2015.05.14 更新:2015.05.14

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