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戦後民主主義育ちの世代へ

2014年の8月15日には、例年にない重さがあると思う。あの戦争が終わってから69年、親方日の丸が骨の髄まで染みついた人たちまでが、これでいいのか、大丈夫なのかと考え始めているようにみえる。

逆説的だが、安倍晋三首相のおかげである。「戦争は悪いが、いいこともある」と恩師が教えてくれたとうり、安倍政権のおかげで、日本は本当に戦争に巻き込まれるかもしれないという危うい空気に包まれ、日本社会の構造が浮かび上がってきた。

同時に、日本をめぐる国際関係がみえてきた。中国が黄海一帯で大規模な軍事演習を行えば、ロシアまでが、あろうことか、北方領土の国後、択捉島で軍事演習を始めた。この地域の安全保障の仕組みが流動化して、領土獲得のおいしい匂いが漂ってきたからである。

極東アジアが流動的になってきたのは、ほかでもない、安倍首相が日本国のあり方を変えようと走り始めたからである。憲法を変更して、戦争のできる国にしよう、象徴天皇を元首の天皇にしようと公約して機密保護法案、国民投票法案を通し、発効を待つばかりだ。

これは太平洋戦争によってもたらされた結果を、ひっくり返そうとするものである。

丸腰の市民を撃ってはならないことは国家でも同じである。戦争放棄を掲げる日本ならばまず攻められることはない。しかし安倍政権は閣議決定だけで対外戦争ができるとして、関連法の整備に入っている。武装解除されていた市民が銃を手にし、武士が再び刀を差しつつあるようなものだ。

国際社会には目には見えないけれども万力以上の力学が働いている。極東アジアの日本には第二次大戦で連合国側がヤルタ会談で約束し合ったグランドデザインが適用されてきた。安倍政権の日本がその桎梏からのがれようとして動き出したからには、もはや何が起きても不思議はない。

これから先、この地域にどのようなことが起きるのか。極東アジアには、北朝鮮という予測不能な国があり、台湾の存在もあって将来を読むことは難しい。

しかし一旦、揺らぎだした極東アジアの国家関係は、これからも動き、きしみ続けるものと覚悟しなければならないだろう。すでに南海では、浮き石を転がせば戦端が開かれそうなまでに軍事的緊張が高まっている。日本からの反発を織り込んでロシアが北方領土での軍事演習に踏み切ったのは、有事にはロシアも参戦するという意思表示だと思われる。連合国側には戦後の日本列島をアメリカだけでなく各国で分断占領する計画があり、そのための地図までが作成されていたことを思い出させるような行動だ。

わたくしは自民党が大勝して安倍政権が誕生したときから危機感を抱いて、「戦争をしてはならない。主権を振り回すな。もうそんな時代ではない」とブログで書き、電子書籍と紙本で「ノーベル平和賞の超国家EUの知恵」を出版した。紙本の発行日は、抗議の意味を込めて「主権の日」の2013年4月28日とした。
http://www.e-bookland.net/gateway_a/details.aspx?bookid=EBLT13030500&c=164

しかしながら大方の日本人にはEUに見習う知的、政治的関心はほとんどないらしい。ヨーロッパにしても一朝にして国家統合ができたわけではない。100年間に3度もの全面戦争(普仏戦争と第一次、第二次大戦)を戦い、その教訓があればこそ戦争をするための国家主権を超国家EUに委ねることができた。

日本人にはまだそこまでの心の準備はでないようだから蛇足かもしれないが、ドイツはベルリンの壁崩壊後、東西ドイツの合体を連合国側に承認してもらうために「ドイツのヨーロッパではなく、ヨーロッパのドイツであることを誓う」と約束した。これができたのはドイツが第二次大戦での敗北を率直に受け止めて反省していたからである。

翻って極東の日本では、敗戦の事実を直視することを拒み、大東亜開放の太平洋戦争は誤りではなく正しい戦いであり、敗北したわけではないと主張して天皇が再び元首になることを願う政治勢力がある。安倍首相の考え方はこれに近く、ブレーンにもこれら復古主義者を集めてNHK経営委員会などに送りこんでいる。

幸いにして日本はまだ自由な民主主義国である。このまま平和国家の理念を放棄してまたの教訓を得たいのかどうか。大多数を占めるようになった戦後民主主義育ちの国民はきっと賢明な判断をするものと信じたい。


作成:Sanshiro 2014.08.17 更新:2014.08.18

井上ひさしさんのことなど

不思議な響きのする名前は、奇才、井上ひさしさんの自伝的小説「モッキンポット師の後始末」で知られている上智大学フランス語学科の教授、ポール・リーチ神父のことだ。わたくしは教え子の1人である。

つまり、井上ひさしさんはわたくしとは同窓で、先輩ということになる。実際、学科のパーティーのような場でよくお見かけした。わたくしの郷里が井上ひさしさんの生まれた山形県の小松の隣町なので、もっと親しくしていただきたいものとビールのグラスを運んだりしたことがある。

ところが井上ひさしさんは受け取ってくれない。「アルコールはやらなのですよ」とおっしゃる。昔からですかと聞くと、「飲んでいる暇がないのです」という。さもありなんだ。古今東西の本を読破したのみか、それを記憶せんとするかのように余白に無数の書き込みをしながら読み進んだ博覧強記には、酒など飲んでいるヒマはなかったようだ。人生の半分は飲んで過ごしたようなわたくしなどには近寄りがたい、プロの作家とお見受けした。

今日のブログの主人公は井上ひさしさんではなく、モッキンポット師こと、ポール・リーチ神父である。容赦なく落第点をつけることでおそれられていたが、冗談が好きで、底知れないやさしさをみせるところのあるフランス人だった。小説はそうした一面を描いている。

持って生まれた性格であるとともに、カトリックの神父としての素養のなせるところでもあるのだろうが、授業の合間に、脈絡もなく不思議なことを口走る癖があった。

アルザス出身のリーチ神父は第二次世界大戦のとき、ナチスドイツの進撃を逃れてフランスを南に下り、ついにはアルジェリアに渡ってドゴール将軍の自由フランスに入った。そしてドイツ軍に完全に占領された祖国フランスを想いながら、こう誓ったという。

「神さま、この戦いに勝たせてください。もしフランスが勝利することができたら、わたくしはフランシスコ・ザビエルのように日本に行って一生を捧げます。」

別の機会には、「戦争はいけない。しかしいいこともある。」と、例のごとく日本語とフランス語のちゃんぽんでしゃべりだした。どれほどの学生が覚えているかは知らないが、面白いと思って耳をそばだてると、リーチ神父は「戦争が起きると、いつもはみえない社会の仕組み、構造がよくみえてくるのです。」と続けた。

戦争などということが分かる学生ではないのだけれども、会話だか文法だかの授業をそっちのけにして、目を大きく見開き、身振り手振りを交えて熱っぽく語り、版書までした。そのせいか、その時の黒の司祭の服に詰襟のリーチ神父の姿と言葉を鮮かに思い出す。

わたくしはこんなリーチ神父が好きで、卒業してからしばらくして結婚式の司祭を神父にお願いした。長男が生まれたときは自宅にお招きした。リーチ神父は島倉千代子の大のファンなので、新宿コマ劇場での島倉千代子ショーを、ちょうど上京中だった母と一緒に観ていただいたりした。わたくしをそんな気持ちにさせたのは神父の底しれない人間味を感じてのことだったが、そうした日本人に対する姿勢はドイツと組んで大戦を戦った日本人に繰り返してほしくないと願った誓いが、根底にあればこそであったと思われてならない。

こんな昔のことを思い出すのは、もちろん、極東アジアの国際関係がきな臭くなってきたからである。そして神父が語ったように世の中の仕組みがよく見えてきた。日本と隣国との関係悪化が続いて、政権が生まれてもう1年8カ月にもなるというのに中国、韓国とまともな首脳会談さえ行われていない。早口首相ら復古主義者が、日本を昔来た道に戻そうとして、警戒されているからである。

リーチ神父は神さまに誓った通り、一生を日本での布教に捧げて東京で他界している。母と島倉千恵子ショーを観劇した新宿のコマ劇場はいまはなく、母はこの盆で27回忌だ。ヨーロッパでの教訓を伝えてくれたモッキンポット師の教えを大切にしたいと思うこの頃である。


作成:Sanshiro 2014.08.09 更新:2014.08.10

期待される電子と紙の相乗作用

この夏、eブックランドは電子書籍にペーパーバックスの紙本を組み合わせた自費出版のパッケージを発表した。ペーパーバックスというのはアメリカあたりでは一般的なカバーも帯もない、シンプルな並装丁の本のことだ。

近ごろの印刷技術の進歩は目覚ましい。並装丁のペーパーバックスといっても表紙は帯がないだけで普通の本と見た目は同じ。折り返しもついてしっかりしている。大きさはA5版も四六版も自由自在で、300ページくらいまでフルカラーにしてもコストは変わらない。サンプル本も出せるし、本の内容と用途によってはモノクロの大量印刷よりも優れていると思う。出版社としては在庫の置き場に困らないのがうれしい。

電子書籍+ペーパーバックス+流通コードのISBN付で全国書店・アマゾン販売ができるというサービスである。安い電子書籍に安い並製本のペーパーバックスの組み合わせだから、鬼に金棒、いわゆる巷の自費出版社のほとんど10分の1から15分の1のコストで庶民の夢のまた夢が実現する。

これは収益のための出版ではなく、出版を楽しんだり、広報宣伝に利用するサービスと考えて利用したほうがいいだろう。 紙本の販売で利益をあげるには、本の単価が安くなる3000部ほどを一度に印刷して完売しなければならない。だから最初の印刷費用だけで100~200万もかかってしまう。

これに対してカバーも帯も付けない並製本のペーパーバックスは50部、100部の少部数をオンデマンドで印刷することで初期コストを最小限に抑える。そして売切れたらまた少部数を増刷するという手法を取る。だから驚きの安さになる。ヒットしそうならばeブックランドが商業出版社に成り変わって増刷することもあるだろう。

eブックランドは電子出版社としてスタートしたが、なかには紙本もほしいという著者もいて、ついつい紙本も扱うようになった。 もう50冊以上も出版している。 それでも高くつくだけでなく樹木を材料にして環境によくない紙本はできるだけ少なく刷って、売り切れたら電子書籍でどうぞという考え方をビジネスモデルにしている。ペーパーバックスを利用しようという発想もここから生まれた。

eブックランドが満10年を迎えることができたのは、エンタメの分野からインターネットを普及させるというコンセプトが変革の波の本流の中にあったからである。電子書籍+ペーパーバックスはエコノミーでエコロジーの極みだから、ペーパーバックス時代を拓くのではないだろうか。

安く本を提供できれば、読者も喜ぶ。なによりも電子と紙の出版によってマーケティングの相乗作用を期待できる。エンタメものだけでなく、会社や商品の広報宣伝にもよさそうだ。

作成:Sanshiro 2014.08.02 更新:2014.08.14

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