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安倍政権が誕生してから1年半、一番の驚きは中国と韓国の安倍首相にたいする反発の激しさだろう。互いに言い分はあるにしても、日本の首相が隣国とまともな首脳会談もできない事態は尋常ではない。

かつて植民地支配した中国と朝鮮半島の人々が、日本が天皇元首の国に回帰しかねないことに抱く懸念の根強さは、安倍首相とそのブレーンたちにとっても想定外なのではないだろうか。ついに中国の習近平主席が7月3、4日に韓国を訪問するという。

すでに日中関係は一触即発の状況が続いている。政治的のみか、経済的、文化的な損失は計り知れない。安倍政権がこれから先、改憲に成功して日本が天皇元首の昔の政治体制になったら、中国はどのような態度にでてくるか。そら恐ろしい限りだ。

日本の戦前回帰が進めば進むほど中韓との関係が険悪化する構図がはっきりしてきた。こうなると日本の国民のなかには、安倍首相の復古路線がこれほど隣国に嫌われ、警戒されているのなら、いっそ日本は共和制の国になったらどうだろうと考える向きもいるのではないだろうか。天皇元首ではなく、国民が選ぶ大統領元首の国になったらどうかという発想である。

重要案件で国民の見解を問う国民投票法案も成立して、4年後には発効する。安倍政権が改憲の布石として準備した国民投票のための法案のようだが、大統領制も問うというのも妙案ではないだろうか。

世界的には君主制とか王制の国は少なくなってきた。アジアにはもはや清朝もなければ、李朝もなく、タイとブルネイ、ブータンに残っているだけだ。

ヨーロッパではれっきとした王国のイギリスは別として、他の国々では残っているとしても形骸化している。イギリスではスコットランドが独立を問う国民投票(9月18日)が予定されるなど、さしものエリザベス女王の威光にも陰りがみられる。このことはイギリスと一心胴体とみられていたアイルランドがEUに加盟してユーロ通貨を採用(2002年)、イギリスがしがみつくポンド通貨の名称まで放棄したときに強く感じたことでもある。

明治維新のときに公武合体の構想から生まれた日本の天皇制は、太平洋戦争に敗れて象徴天皇となった。これについては万巻の書と評論があるので深入りしないが、天皇の判断でしか動かない政治システムにしたために、それぞれの立場の政治勢力が天皇を頼み、あるいは標榜して利用するようになって禍根を残す結果になった。

eブックランドには、元自衛隊幹部の著者が執筆した「日本を震撼させた二・二六事件に立ち会った男」という作品が電子出版されている。「御聖断」を仰げばなんとかなると青年将校らが動いた背景には現代の民主政治とは縁遠い制度があったと考える。
http://www.e-bookland.net/square/ebook.aspx?id=EBLS130703002.26

安倍首相の周辺では復古主義者がうごめいて旧体制への復帰がさまざまに画策されているようだが、危うすぎると思う。日本の天皇制への回帰は日本国内のみならず国際的にも極めて大きなテーマだ。安倍首相とそのブレーンが現時点で考えている以上の制御不能な事態を引き起こさないとも限らない。

わたくしはイラン革命(1978~79年)を現地に取材し、王国イランの崩壊とその後をフォローしている。1971年にペルセポリツでペルシャ王朝2500年祭の式典を華々しく祝ったのもつかの間、パーレビ国王はトルコ流の政教分離の民主化政策がシーア派イスラム勢力の激しい反発を買い、パリ亡命中のアヤトラ・ホメイニの帰還とともに国外追放になった。

栄光あるペルシャ王朝の終焉以上に、わたくしが注目しているのはイラン革命のその後である。ホメイニ師は権力を握るや、王制打倒に結集した穏健な勢力はもちろん、宗教勢力の中の穏健派までも切り捨てて、抵抗する者は容赦なくイスラムの敵として処刑した。体制が変わる革命とは残酷で非情なものだ。こうして革命イランは最も過激なイスラム僧の支配するところとなった。

ホメイニ師の徹底した西欧敵視の考えから生まれたイスラム原理主義のアルカイダはアメリカ中枢を攻撃した9・11事件(2001年)を起こし、いまや中東のみか世界各地に勢力を広げて国際社会の重大な不安定要因になっている。革命から35年にもなるというのに、波紋はますます拡大している。

イランのイスラムへの回帰と日本の天皇制回帰を同じレベルで扱うのは妥当ではないかもしれない。しかし気になるのは日本には天皇を絶対の神さながらの存在と崇め、ついには大戦争まで闘ったた歴史があることだ。わずかに60余年前のことである。記憶はまだ生々しく、海外では爆弾を抱いて死ぬイスラム原理主義者の自爆テロは、日本軍の特攻を連想させるようで「カミカゼ」と呼ばれていることは知っておいたほうがいいだろう。

このような戦前の日本に舞い戻るとは、まだほとんどの人は考えていないに違いない。多くの日本人はまだ経済回復への期待と中国の脅威で目くらまされている。けれども、安倍首相とブレーンは公約に掲げた天皇元首の実現に向けて着々と布石を打っている。

すでに公共放送は安倍政権の広報放送と化し、機密保護法は成立して発効を待つばかりだ。中韓を罵倒するヘイト新聞が横行して自浄作用が効かない保守系のメディアも出現している。常識的には信じがたいことばかりだが、彼らが戦前の天皇制に戻るという目標に向かって突っ走っていると考えればさもありなんである。

神のごとき天皇が君臨するとき、国民の思考は停止して民主主義の価値観の多くは失われるだろう。このような革命期においては楽観は一切、禁物だ。復古勢力は国民に考える暇を与えない早いテンポで政治体制の変換を図ってくる。戦後民主主義に育った国民は思案のしどころ、急ぎ備えなければならない。



作成:Sanshiro 2014.06.18 更新:2014.06.24

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