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かなり前のことになるが、わたくしは「超国家EC」(講談社現代新書 1992年12月刊と「ユーロの野望」(文春新書 2002年7月刊)と、ヨーロッパ共同体EC(ヨーロッパ連合EUと名称を変更)について2冊も新書を出版している。文芸春秋からは「二十のEC物語」(文芸春秋社 1992年刊)も出している。

月刊経済誌「ウエッジ」では20年にわたってコラム「ヨーロッパの明日」を書き続け、その一部をまとめて「ユーロパワー 日本を襲う」(ウエッジ刊 1998年10月)を出版した。

1991年3月までジャーナリストとして、ヨーロッパ統合と冷戦終焉を取材したわたくしは、ヨーロッパの動きにはそれほどまでに重要な意味があると考えていた。極東の日本もこのことをよく知らなければならない。さもないと極東は中東よりも危ういところになりかねない。単行本4冊もの出版はこれを言いたいがためだった。

昔の本のことを思い出したのは、もちろん作今の尖閣列島を巡るただならぬ日中関係の緊迫のせいである。

ヨーロッパの経済・通貨の統合は政治統合ためのインフラ整備であって、むしろ一番の核心は、互いにもう戦争はするまいという条約に調印した「不戦機構」にある。戦争は主権を振り回す国家の横暴にあると喝破して、加盟国の主権をしばり、一部は超国家EUに委譲させ、ナショナリズムの暴走には刑罰まで強化した。

放置すれば、またも主権国家が角突き合いをして戦争に至る。1世紀に3度も隣の国同士で全面戦争をしたヨーロッパは「もう戦争は沢山だ」と、フランスとドイツが主導して創りだしたのがEUである。そのためには通貨までもユーロに統一した。

残念なことに、極東の平和のためにヨーロッパ連合の完成までの考え方とプロセスを知ってもらおうと書いたわたくしの本はどれも重版にならなかった。極東地域でも不戦の誓いを取り交わすべきではないかという学者たちの動きはあったが、それも次第に忘れ去られていった。

日本と日本人にとって、ヨーロッパの出来事はいまもなお遠い国々の話であるらしかった。天孫民族の思考回路には日本という国の主権を一部にせよ放棄するような発想が入る余地はないかのようだ。

極東で少しでもこの問題を深く追求すると、各国の政治体制の違いが壁になる。ヨーロッパのような政治統合には経済と文化面での統合が欠かせないが、そのインフラがあまりにも違いすぎる。とくに経済統合に不可欠な金融統合が、日本が抱えるようになった天文学的な財政赤字のために、まったく見通しが立たなくなってしまった。

ヨーロッパ統合の父、ジャン・モネは「おれがおれがの主権国家が多数、誕生して、自分の国を守ろうとすれば強力な軍隊を持つことが必要になる。その結果、軍事予算は社会改革を押しつぶして、ヨーロッパは再び恐怖に覆われることになろう」と考え、主権国家を越える超国家共同体の仕組みを編み出して生涯をその実現に捧げた。

ヨーロッパは不戦機構を構築して恐怖の封じ込めに成功したが、極東はまさにこの恐怖に覆われ始めた。

その先にある私たちの運命を思うならば、ヨーロッパに学ぶのに遅すぎるということはない。学ぶべきは、国家主権を振り回すことなく、ナショナリズムの暴走には毅然として立ち向かうことを約束し合ったEU加盟国の決意だろう。

あるいはもう遅すぎるのか。

      2012年9月末
 日本を縦断した台風17号の襲来の前に記す

このブログを書いてから2週間後の10月12日、EUのノーベル平和賞が発表された。これが意味するところをどれだけの日本人が理解できるだろうか。

ストックホルムのノーベル賞委員会は、極東のただならぬ緊迫を横目にEUへの平和賞の授与を決定したのだと思う。「極東アジアの国々よ、時代は変わったのですよ。野蛮なことはもう止めなさい。EUの知恵を見習いなさい」と。

ついでに中国人作家をノーベル文学賞に選んだのも、緊張解決の鍵を握る中国共産党中央にたいして覚醒をうながすきっかけになればという思惑があったに違いない。巨大な政治的緊張の高まりのなかでファンと出版社待望の村上春樹氏の受賞は吹っ飛んでしまったのだと、わたくしは読んでいる。








作成:Sanshiro 2012.09.29 更新:2012.10.22

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