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事故の 3つの教訓を生かそう

 

普通ならば「明けましておめでとうございます」である。そして去年のことは水に流して心機一転、がんばるぞと爽やかな気持ちで初日の出を拝むのだが、この正月ばかりはそういう気になれない。原発事故によって放出されて降り積もった放射性セシウムは半減期30年もある。放射能との戦いはこれから半世紀も続く。

 

せめてこのような事故によって得られた教訓を年頭にあたって考えてみたい。それは大きくは3つあると思う。

 

1 つ:明治以来の官僚養成システムに別れを告げよう

福島原発事故を起こした原因について、いろいろと調べると原子力にかかわる機構の中枢のみならず、日本中に張り巡らされた原子力発電のネットワークの主要ポストが、東京大学の出身者によって占められていることが分かる。それを監督・管理する立場の関係の中央官庁の役人もまた東大出身である。

 

原子力発電そのものは、諸外国ではこれほどひどい事故もなく電力の供給が行われている。甚大な事故、テロがあったとしても、そうした事態に備える仕組みは考案されている。にもかかわらず日本では導入されず訓練もおざなりだった。同窓の官僚養成の大学出身者の集まりゆえのなれ合いが、絶対にあってはならない原発事故がおきた背景にあった。

 

最新の事故調査委員のなかには原子力村の東大出身のメンバーが多数起用されている。放射能汚染にのたうち回る福島県内の自治体のなかにも東大出身者に対策の企画立案を丸投げしているところがある。身内の事件を、身内が調べるような話で、先行き出てくる結論はすでに見えているといっていい。

 

エネルギー政策は完全保障と並んで国の根幹を成すために、歴史的にも官僚養成大学である東大出身が担ってきたという歴史的な経緯はある。しかし事故を起こした原子力村は、これだけの事故を「たいしたことない」と党利党略から矮小化して事態を悪化させた時の政権と同罪である。ここに至ったからには原子力政策の組織と決定を、同じ大学出身者で牛耳るマフィア化した官僚システムに委ねることは止めなければならない。

放置すれば肥大して悪を成す組織というものの弊害が、よりによって原子力政策にはびこっていたことが事故の背景にあることについては、すでに各方面から指摘されて是正のきざしがある。この動きは加速させたいものである。

 

2つ:新聞とテレビのメディアの堕落を直視しよう

福島原発事故で国際社会が仰天したのは、事故から 3 ヵ月もたってからメルトダウンが起きていたことが発表されたことである。政府が明らかにし、新聞、テレビが報じた。日本というのは自由な報道が許されておらず、かくも真実が隠ぺいされる国なのかと大きく信用を失った。このような日本が国際社会で再び信頼を取り戻すには長い時間がかかるだろう。

 

もし新聞とテレビが、「たいしたことない」と国民に思わせようとした時の政権の要請で危機管理の名目のもとに事実を報じなかったとすれば、それはメディアの本来の機能を放棄した権力との癒着である。もし社内に原発事故の真実を調べて記事にする記者がいなかったとすれば、新聞とテレビのメディアの腐敗である。

 

振り返れば大手新聞社ではテレビ局の許認可を得るねらいで、政治家と役人対策のために政治部を強化した時期があった。そして新聞社はテレビ放送のネットワークに出資して潤うようになる。勢い、編集局も現場記者の記事を尊重する従来の社会部スタイルから、霞が関の顔色をうかがう政治部主導に変わっていったものだ。それはいまも尾を引いている。

 

とにかく3 ヵ月遅れのメルトダウン報道ほど無様なメディアの敗北はみたことがない。まともにたたき直す処方箋があるとすれば、新聞社は襟を正して調査報道を地道にこなせる気骨ある記者を育てなおすことだろう。テレビのほうは、事実報道を大切にする新しいテレビ局を有志が立ち上げて、国民がニュース報道に過度に依存している NHK と競り合わせることだ。もちろん NHK は税金を食わないテレビ局に改組しなければならない。

 

3つ:未来の世代のために自らを変革しよう

ボランティア団体の代表として、福島県南相馬市などでひまわりの種まきや落葉拾いなどをしてきた。活動を始めて間もなく、南相馬市中心街よりも県庁のある福島市や郡山市のほうが数倍も放射線量が高いという不思議に気がついた。原子炉が爆発したときの風向きのために阿武隈高地を北北西に向かった放射性雲プルームが、奥羽山脈と飯豊山に行く手を阻まれて中通りを南下したことによるものであるらしい。

 

2011 年夏、福島市で歩きながらガイガーカウンターの表示をみると JR 福島駅付近の大通りに面した歩道でも1マイクロシーベルト / 時を軽く超えた。街路樹の下ではさらに上がる。南相馬市では場所にもよるが市役所付近で 0.3 0.4 マイクロシーベルト / 時だったから 2.5 倍以上の汚染である。放射能にくわしい計測所の測定担当さえもビビる値だ。にもかかわらず福島市や郡山市の一般市民はなにごともなかったように平然として、抗議行動にでる風でもない。

 

これをみて子どもの命を守る全国ネットワークの面々が、放射能に弱い子どもたちと妊婦を守らなければと県外に移住させる運動を懸命に行った。だがこれに応じる女性はごく限られ、そうこうするうちに秋 ごろからは「福島を見捨てまい。がんばろう福島」という地元の巻き返しの機運が強くなり、移住救済運動は次第にありがた迷惑なおせっかい扱いにされて尻すぼみになった。

 

いま福島県では野菜などの「地産地消」が奨励され、地元住民を動員して始まった高圧放水による除染の真っ盛りだ。佐藤福島県知事は福島からの避難者に住宅を提供する措置をもうやめていただきたいと他県に申し入れさえした。風評をなくして、県民の流出をこれ以上増やすまいとする県の方針が打ち出されているとしか思われない。

 

ひまわりの種まき隊にも郡山在住の隊員がいるので話を聞くことがある。それによれば避難したい人、避難できる人はもう移住している。残っているのは移住したくてもできない人々だという。それぞれがギリギリの選択をしているのだろうから、軽々にはいえないけれども福島の人々にはお上になびく性向が強いのかもしれない。そんな福島県民の姿は放射能の存在さえ知らずにさまよう従順な牛たちの群れに重なってみえてならない。

 

それでいいのかどうか。南相馬からスーパーに並んだ大根ほどもある巨大なニンジンの写真が届いた。”大根ニンジン”に限らず、ブロッコリーもなにも大変に野菜の生育がいいというが、喜んでばかりはいられない。原因は突然変異というよりは、肥料の3大要素であるカリウムに似た働きをするというセシウムのせいだろう。

 

これは野菜に限ったことではあるまい。阿賀野川のドジョウからフナ、コイ、イワナまでが高濃度にセシウムに汚染されて食べることを禁じられた。事故から 1 年もたたないうちにこれだから、これから先、どのような異変が起きることか。おとなしい福島県民もこれから飛び込んでくるニュースを聞くうちに考えを変えるかもしれないし、変わってほしいものだ。未来の世代のためには健康を守ることがなにより大事なことだから。

                                 2012年元旦 記

作成:Sanshiro 2012.01.01 更新:2012.01.13

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