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初動の遅れが悲劇を増幅

 

地震、津波、そして原発の制御不能。東北地方を襲ったトリプルパンチの悲劇のなかで、最も腹立たしいのは福島原発がまき散らしている途方もない恐怖と放射能だ。

 

事故がおきてから1週間も、 10 日もたってから、有用な機材と車両がぞろぞろと姿をみせたところをみれば、危機の鎮静化のための初動に手抜かりがあったことはだれの目にも明らかだろう。

 

事態の重大さをよく認識できていたならば、そして迅速に適切な対応をとっていたなら、放射能汚染はここまでひどくならないで済んだはずだ。東京電力の大甘報告のせいにするのは責任逃れにすぎない。

 

わたくしは若いころ、内外で 26 年も現場記者をしていたから、突発的な大事件の取材には戦場も含めていささかの経験がある。その直感でいえば、自衛隊三軍最高司令官として、地震の直後に統合参謀本部長とともに原発近くに前線指揮の司令部を置いて、陣頭指揮をとり、すべてを投入してスリーマイル、チェルノブイリの悲劇は起こすまいとあらゆる手を打つべきだったろう。そうすれば、今日のような放射能汚染のスパイラルは押さえ込めたのではないか。

 

被災地はいうまでもなく、関東地方のデパートから観光地まで、外国人という外国人は姿を消してしまった。横浜港などからは外国船籍の客船のみか貨物船までも去って、あれほど外国船がひしめいていた東京湾の埠頭がどこもかしこもがらんとしている。 放射能の恐怖のためである。

これがこれから半年などというものではなく、何年も続きかねないというのが信じられないけれども現実のようだ。観光立国も経済再建もあったものではない。観光に限らず、店も会社もこれではやってゆけない。数カ月後には失業者の群れが国会を取り巻くのではないだろうか。もはや日本は半身不随で、日本経済そのものがメルトダウンし始めている。
 
 

 

これをみては、米沢盆地生まれの東北出身の者として一言いわないではいられない。原発の押さえ込みはいうまでもなく、東北と被災した人々に、早く展望を、夢を示せということだ。

 

思いつくままに並べれば、まずは全政党参加の救国震災内閣だ。そして1人1人の全国会議員がなんらかの役割を担って、予算執行の権限を持って被災地に飛び、そこで復興の要になる。

 

地震と津波からの復興は、被災地にまたも流されかねない家屋を建てることではないだろう。宮城から岩手の被災地は、これからの日本をけん引する産業と観光の中心に生まれ変わらなければならない。

 

美しい三陸の海沿いの海岸を高架で走る観光産業道路とモノレールが釜石・松島から八戸まで建設され、沿線には産業と観光のための特区を設けられ、国内のみか、世界中から多くの最先端企業と観光客がやってくる――。

 

あまりの災害の記憶と現実の前に、毎晩、うなされている被災者のみならず、日本人にいま必要なのは夢のような復興計画だと思うのだ。


作成:Sanshiro 2011.04.01 更新:2011.04.15

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