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伝える喜び 伝わる快感


人に気持ちを伝えること、コミュニケーションは本能の範疇ではないだろうか。

考えていることをうまく人に伝えられたときは喜びがあり、感動を覚えることさえある。

 

e ブックランドに作品を寄せてくる方々は、それこそ様々だ。メールでやり取りをし、お話しするほどに、書く動機も、願いも、期待も異なることを知る。それでも、気持ちを伝えたい、分かってほしい、知ってほしいという思いは共通している。

 

大変につらい経験を書き綴り、作品に仕上げるまでは、短いメールの行間にまで悩みと困惑をにじませていた著者が、電子出版するとそれまでの日々を忘れたかのように元気になって、人生のやり直しを始める様子をみてきた。

 

書くこと、人に伝えることには、喜びどころか快感さえあるらしい。それは本能のうちだろうと思うのはこのためである。

 

実際、逆に、ものを書くどころか、人を真っ暗闇の、無音の空間、人とコミュニケーションのまったく取れない世界に放っておくと、たちまち気がおかしくなるといわれる。

 

考えてみれば、わたくしは人に物事を伝えることを仕事にしてきた。新聞記者時代は「電話1本、 3000 人」といわれて、電話には丁寧に、丁重に対応して、間違いのないよう電話をかけてきた方のお話しを記録するように教えられた。

 

新聞社というのは、毎日、文章のコンテストを受けているようなところである。 メモをひとつ取るにしても、おろそかにはできない。原稿であれば、てにをは、の一つでも間違えて、それが紙の上の記事になったら大変だ。書き取りのミスは1回ならば大目にみてもらえよう。しかしそれが 2 度、3度と続くようならば、「キミ、もっと楽なところがあるよ」と網走番外地支局を覚悟しなければならないようなところだ。

 

もっときついのは、意を尽くした文章を綴ることだ。記事はただ書けばいいというものではない。限られたスペース、行数のなかで、読者にしっかりと伝えなければならない。さらにはフームとうならせるものであることが求められる。 業務用の文章とはいえしかるべき水準があり、品格を問われる。これが書けるようでなかなか書けずに、ベテラン記者までが七転八倒するのだ。

 

よそ道にそれたが、書くということ、人に伝えるということはそれだけ大切な行為だということなのだろう。書くこと、話すこと、コミュニケーションは、人と人を結び、“きずな”を作り、人間社会を形作って動かすために必要な最も基本的なことだからだともいえるかもしれない。

 

最近、わたくしは携帯電話のマイクロSDカードに関心を深めているが、これが面白いと思うのは、 au docomo Softbank 3 社の携帯にコンテンツを入れて再生できるものが開発されて、本来、メモリーにすぎなかったSDカードが、コミュニケーションのツール、すなわちメディアとして使えるようになったという点だ。ここにもわたくしの伝達への特別な関心の強さがからんでいるようだ。

 

1億総携帯の時代に、このような有意義な技術はもっと活かすべきだと考えて、まずは学生募集のための「キャンパスSDカード」として提案したところ、3月末、日本大学本部のインフォメーションプラザ様に1万枚、お届けすることができた。これに気をよくして、 スーパーSDカード と命名して、もっと様々な分野に広く提案することになった。

 

携帯の液晶画面から、ワンセグのテレビ番組のように手元から迫ってくる映像や音声、文字には、大変なインパクトがある。

スーパーSDカード 」は、 忙しい人々の生活時間のなかに、あっという間に入り込んだ携帯の強みをそのまま発揮できる。学生募集に限らず、新商品の広報PR、売り込みの営業には強力なツールになることが考えられる。

 

読者の皆さまにも利用方法を考えていただき、アイデアが湧いたら、ぜひ、ご一報いただきたいものだ。

 

作成:Sanshiro 2009.04.12 更新:2009.04.19

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