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黛まどか in 最上

 

先日、一泊二日で郷里の山形に行ってきた。 俳人、黛まどかさんが発起人代表だという「日本再発見塾 in 最上」 に参加するためである。
 http://madoka575.co.jp/blog/archives/2008/10/#000116

 

現代を俳句で綴る黛さんの追っかけというわけではない。 どのようなアングルから日本を再発見しようとしているのだろう。 そのことが気になったのだ。

 

未曾有の金融危機の影響はむしろこれから。 いまも昔も、こういうときに一番、痛めつけられるのは“白河以北二束三文”といわれた東北地方である。 仕事はなくなる、収入はなくなるで、子どもたちの勉強も医療福祉も思うようにできなくなる。

 

だから観光立国を進めなければならないし、先のブログに書いた「アルカディア東洋」のコンセプトが大切だと思う。 原油が安くなったというのは暴騰のピークからのことで、相変わらず高止まりしている。 日本はなんとかして現金収入をコンスタントに確保する算段をしなければならない。

 

それにしても、日本には外国人観光客を魅惑する観光資源はあるのか。 それはどのように発見し、育て、資源にできて、外国人観光客に喜んでもらえるのか。 「日本再発見塾 in  最上」に参加したねらいはこのあたりを探るところにあった。

 

会場になった山形県北部の宮城県との県境、日本海と太平洋の分水嶺に位置する最上町は、南部の米沢盆地生まれのわたくしには初めてのところ。 奥羽山脈の古いカルデラの中に位置する町で、赤倉温泉という柔らかな泉質の温泉がある。

 

イベントのテーマは「水」。 カルデラのなかということで、最上町には地元の人が「すず」と呼ぶ湧き水があり、数ある候補地のなかから選ばれたらしい。 全国から 120 人を越えた参加者は、この「水」をテーマに、分水嶺の見学から、稲刈り、カジカ(鰍)釣り、炭焼きなど7つのグループに分かれてフィールドワークをおこなった。

 

一番の人気は、黛さんが率いる俳句班で、松尾芭蕉も登ったという山刀伐峠を訪れるグループだったが、わたくしは「カジカ釣り」もするという川遊びのコースを選んだ。 子どものころから川で遊んだが、海のハゼに似たカジカは、ヤスで突いたり、網ですくいとるもの。 “釣る”というのは聞いたことがない。

 

ところが、配られた竹ざおと餌のイクラを手にカジカ釣りを始めると、面白いように釣れる。 サカナなどいるのか、と思うほどの浅い流れだが魚影は濃いようで、釣果は8匹。 なんと 10 数人のグループで一番になった。

 

思えば、子どものころは最上川の源流で、なにかというと水鏡とヤスを手に川瀬でカジカを獲っていた。 だからカジカが好む水の流れや石の大きさまでが分かる。 むかしの記憶が無意識のうちに蘇ってきたらしく、これはというところに釣り糸をたらすとかかってきたというわけで、わたくしはじつは“川の子”であったことを再発見する日本再発見塾になった。

 

日本再発見塾の人気企画「復興・平成歌垣」(黛まどか&歌人の上野誠さん司会)の後は講評。 そのなかで黛さんの友人という脳学者の茂木健一郎さんは「日本を再発見する、という試みはとても難しいことだ」と冷や水をかけた。 これに事務局の企画担当が「だから、やる価値がある。やらなければならない」とムキになって反論していた。

 

日本と日本人の再発見は、案外に難しい。 しかし日本のどこにでもある文化の価値をだれにでも分かるように、楽しめるように客観的に見つめ直し、整理すること、それそのものがこれから観光立国しなければならない日本にとって大事だなと思った。 ボランティアの活躍と役割も参考になった。  黛まどかさんをはじめ、「日本再発見塾」を企画したみなさんには敬意を表したい。 

最上会場には、斎藤弘・山形県知事も顔を出していた。 「アルカディア東洋」構想の資料を手渡しておいたが、意図するところをご理解いただけたか、どうか。

 



 

作成:Sanshiro 2008.10.30 更新:2009.01.28

ドル・バブル崩壊

 

アメリカの金融危機は、世界各国を道連れに拡大している。 金融経済で密接な関係にある日本はとりわけ厳しく、株式市場はウォール街と連動して株価を下げた。

 

この理由を見極めなければならない。 そうでなければ正しく、かつ有効な対策はとれない。 これまでもこのブログで書いてきたようにこの背景には、没落する一方だったヨーロッパの再生と台頭がある。

 

かれこれもう 20 年も前になるが、第二次大戦後、東西に分断されていたヨーロッパが 1989 11 月9日のベルリンの壁崩壊とともに一体化した。 超マクロなこの地球規模の地政学上の変動こそが震源である。 いまおきている金融危機はその余震の一つにすぎない。

 

そのころ西ヨーロッパの 12 カ国は 1992 年元日を目指して単一市場の建設を進めていた。 人、もの、お金、サービスについてEC加盟国の国境をなくすという市場統合は、大きなビジネスチャンスとみられて世界中の企業と個人から投資が殺到した。 日本でも日米欧の3極経営が盛んに語られた。

 

これが西ヨーロッパにときならぬ大繁栄をもたらして、社会主義の東ヨーロッパ諸国の人々をうらやましがらせ、 ついには同じヨーロッパ人として繁栄を享受したいという思いから、ベルリンの壁を東側から倒した。 ヨーロッパ統合は、単一市場を建設する途上から、ソ連東欧の共産圏をノックアウトしたうえ民主化するほどのパワーをみせた。 ヨーロッパ統合を進める人々にとっては思いがけないうれしいハプニングだった。

 

それ以上にヨーロッパを喜ばせたのは、日本経済が冷戦終焉とともにつるべ落としに衰退したことだった。  もともと自国の国境をなくすヨーロッパ統合は日本の輸出攻勢にたまりかねた国々が「ヨーロッパは日本人観光客の博物館になってはならない」(当時のジャック・ドロールEC委員長)と泣く泣く踏み切ったもの。 世界中のお金を集めて株価3万 8915 円( 1989 12 29 日)をつけていた日本経済は、これをピークにバブル崩壊と呼ばれる 大不況に陥った。

鉄のカーテンを粉砕して東西ヨーロッパを統合することに成功したECは、返す刀で日本経済にリベンジする目的をも果たしたといえる。 ベルリンの壁崩壊の直後から日本経済の大不況が始まったという時間的な関係とその意味に注目しなければならない。
 

気をよくしたヨーロッパは、こんどは各国通貨の統合に向かう。 ユーロ通貨は8年がかりで 1999 年1月に創出し、3年の猶予期間を経て 2002 年元日から紙幣とコインのユーロ通貨の流通がさせた。 それからさらに8年、ユーロは単一市場と新規の加盟国の増加を背景に大成功をおさめ、急速にドルと肩を並べる通貨として成長する。

ユーロは対ドルで現金流通時点から倍近くまで強くなり、ユーロへの換金の勢いを加速させてブッシュ政権をあわてさせていた。
ドルが対ユーロで半値になったということは、それだけの富がアメリカからヨーロッパのユーロと加盟国の金融商品、株式に移転したことを意味する。

途方もない富(お金、資本)が大西洋を渡り、それだけアメリカ経済は空洞化したのである。 ドルという通貨は発行額のほとんど半分がアメリカ国外で流通している。 こうなるとドル余りが起き、それが過ぎればドル暴落になりかねない。 アメリカの金融機関は錬金術の奇策を駆使してドルの威信の維持に懸命になっていたが、不況が進行してついに低所得者向けの
サブプライムローンの焦げ付きから矛盾が表面化した。

こうしてみればアメリカ発の金融危機と呼ばれる事態は、「ドル・バブルの崩壊」と呼ぶのがふさわしい。
ヨーロッパの統合運動は、単一市場でソ連東欧の共産圏を粉砕し、日本経済を沈黙させ、そしてこんどは単一通貨ユーロで世界経済に君臨してきたアメリカのドル経済体制を倒したのである。 統合ヨーロッパのユーロパワー恐るべしである。

 

もう一つの要因もある。 ブッシュ政権はイスラム原理主義とのテロ戦争を戦っており、2001年9月11日以降、毎年、予算総額のほぼ3分の1、日本の国家予算に匹敵するほどの戦費を支出してきた。 だからアメリカは ユーロと対テロ戦争のために破綻したともいえる。

アメリカはドルに迫る通貨ユーロがヨーロッパに誕生したにもかかわらず、相変わらずの放漫な金融政策を続けてきた。 ブッシュ政権の予算は発足時の年間予算2兆ドルから、いまや3兆ドルへと膨らんでいる。 いかに対テロ戦争にお金がかかるにしても、ドルの刷り過ぎ、放漫に過ぎる財政運営ではなかったのか。

この意味で今回の金融危機は、日本でバブル崩壊後に起きた危機と同じ性格のものとは必ずしもいえない。 アメリカのドル経済があるべき姿にまで縮小して、ドルの過剰流動性が調整されて均衡を取り戻すまで混乱はしばらく続くことが考えられる。 これは第二次大戦後、世界に君臨してきた米ドル経済体制の大転換であり、大変に痛みをともなうプロセスになる。

ともあれユーロがこれほどの威力を秘めているとは、統合ヨーロッパを構築した人々にも思いがけなく、今回の世界金融危機もまた意想外のハプニングだろう。 財政困難に陥ったアメリカは、今後、世界安定のためのコストを各国が負担するよう強く求めてくるだろうし、早くもその兆候がある。
かつてベトナム戦争で疲弊したニクソン大統領のアメリカがニクソン・ドクトリン(1969年)で安全保障をそれぞれの国が担うよう求めたことが想起される。

 

世界大恐慌(1929~33年)が連想されるほどの金融危機は、さらなる悪化を食い止められるのか。 かつてと違うのは世界各国の首脳の間にネットワークがあり、国際協調行動がとれることである。 これだけが救いだ。

事態収拾のカギを握るのは、やはりこの事態を引き起こしたフランス、ドイツが率いるEUのユーロ通貨圏(15ヵ国)だろう。
混乱の砂塵が収まった後から、ドルを上回る安定した世界の基軸通貨としてユーロが姿をみせるかもしれない。 EUといってもイギリスはユーロを採用しておらず、同一視することはできない。 イギリスはアメリカとの関係が強いために、日本と同様により深く引きずられる恐れがある。 

EU(ヨーロッパ連合 27カ国)は人口4億9300万人、GDP11億5830万ユーロ。 これにたいしてアメリカは人口3億人、GDP10億5090万ユーロで、EUはスケールと経済規模でもアメリカを凌駕するに至っている。 ちなみに日本は人口1億2800万人、GDPは3億4770万ユーロだ。




作成:Sanshiro 2008.10.10 更新:2008.11.24

ブック革命から 声の革命へ

 

電子出版社 e ブックランドは、わたくしが電子書籍とその未来を探る『ブック革命』(日経 BP 社刊)というタイトルのノンフィクションを書いたことがきっかけで立ち上がった。

 

ブック革命の e ブックランドが、こんどは“声の革命”のキャンペーンに踏み切った。 不思議に思う人もいるだろうと思うので、少し書いておきたい。

 

目的ははっきりしている。 言葉は文字と音声から成っているのに、声がインターネット上でないがしろにされている。 これでは伝わるものも伝わらないから、声の革命を提唱してもっと声を利用するようにしよう、ということだ。

 

声の利用が遅れたことの理由もはっきりしている。 文字の伝達には少ないデジタルデータで済むが、音声ファイルは動画に近く重くて送受信が難しいという物理的な理由があった。 このためにメールにしても文字のメールがすべてで、声で送ろうということさえも考える人はなかった。

 

しかしそれも光ファイバー網が整備されたことでクリアされ、いよいよ声の時代が来たと考えている。 それを飛び越して、ユーチューブのような動画サイトがもてはやされているのは腑に落ちないし、どこかで間違っていると思う。

 

そこで“声の革命“なのである。 e ブックランドがこんな大それたことをいうまでにはそれなりのステップを踏んできた。 その一つは、朗読ボランティア全国ネットワーク「お話 Pod 」である。 これは e ブックランドの運営になるサイトで、2年で1日に1万からのアクセスとダウンロードがあり、”朗読のユーチューブ“の異名をいただくまでに成長した

 

それともう一つは、 OKI の音声合成ソフト、 Polluxstar との出会いだ。 声帯をがんで失っても、声が出せなくてもこんなソフトさえあれば、大学も会社も止めないで済む。 凄い技術が生まれてきたものだ。

 

これらの声にかかわる技術を、いろいろと持ち寄れば、もっと素晴らしいことができるに違いない。 こう考えて e ブックランドが幹事社になって「ボイスサービス コンソーシアム」を立ち上げたのはこの7月3日のことだった。

 

続いて 11 18 日には、エーアイという会社の読み上げソフトや音声ファイルの製造マシーンの紹介を兼ねて、第 2 回コンソーシアムを開催することになった。 この会社は外国語のデータベースも開発中で、間もなく 20 ヵ国語をこえる外国語が、自在に音声合成できるようになる。 これとタッチパネルを組み合わせれば、観光客 1000 万人、 2000 万人もこわくない観光案内パネルができるとにらんでいる。

 

革命というからには、一挙に大変化が起きるに違いないと人は思うかもしれない。しかし、ブック革命の歩みからみて急いでも始まらないし、結構、時間がかかるだろう。  IT 技術はそれこそドッグイヤーと呼ばれるように1年に7年ものスピードで変化し、進歩するが、人間のほうがそれについてゆけない。

 

ただ、ブック革命が必然であったように、声の革命も IT 革命の流れに中にある。 自然と前に進むだろう。 声が文字とともにしっかりとネット上に共存するようになって、ようやく IT 時代の新しい日本語の文化が創られるようになると考えている。


作成:Sanshiro 2008.10.03 更新:2008.10.23

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