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活字文字とデジタル文字の攻防

自分の書いたものを、世の中の人に知ってもらう「出版」ということにはとても大きな意味があると考えている。

 

それが文字にかかわる行為だからである。

 

文字こそは人間を人間たらしめている人類最大の発明といわれる。人間がものを考える言葉は音声と文字から成り立っているが、「話し言葉は飛び去り、書いたものは残る」とローマの箴言がいうように文字のほうが記録と記憶に残って影響力が大きく続く。だから時の権力は文字を神聖なものと考え、文字をあやつる書記(役人)という職業は常に大事にされ、尊敬もされた。

 

習熟が難しいためにごく一部の人たちのものとされていた文字が、グーテンベルクが活版印刷機を発明( 1455 年)したことで、次第に一般の人たちのものなる。写本でしか伝えることのできなかった文字の本が、印刷機で沢山、刷れるようになり、教科書に使えるようになったことの影響は甚大だった。宗教者と権力者が神聖なものとして独占するとともに権力の源泉にしていた聖書とその文字を、多くの人々が学ぶようになった。

 

文字を教わり、読み書きができるようになった人々は、聖書をよく読むほどに現実の教会の姿を批判し、権力にまでたてつくようになる。そして宗教革命が勃発する。これによって大きな社会混乱が起きたが、しかしそれはヨーロッパの人々に新しい力を与え、科学が盛んになり、人々の考え方が変わってルネッサンスの機運が高まり、大航海時代を経て世界を支配するエネルギーとなった。

 

こうした活版印刷、活字文字の時代が 550 年以上続いてきた。わたくしたちも金属の活字で紙の上に印刷するグーテンベルクの発明の恩恵を受けて育った。文字は紙の上で読むものと考えてきた。

 

そこに久方ぶりに登場したのが電子技術を駆使するコンピュータであり、小型化して個人も使えるパソコンである。これによって文字を液晶でデジタル文字で読むというまったく新しい時代が幕を開けた。 20 世紀末、東西冷戦の終焉とともにアメリカで軍事用に開発されていたインターネットが開放されたことと連動した地球規模の技術革新、パラダイム転換である。


このことが世の中をどのように変えてゆくのか。 グーテンベルクの活版印刷が引き起こした途方もなく大きな波紋を考えれば 、超マクロ的には信じられないようなことがわたくしたちの前途に待ち受けているに違いない。

パソコンの登場は
日本人にとってはとりわけ画期的な、歴史的ともいえることだった。さまざまな影響を受けて出来た日本語の文字は複雑で、欧米の言語のように簡便なタイプライターで打つことは難しく、活版印刷に頼るほかはなかった。それがついに日本語をキーボードで打って書くパソコンというタイプライターが発明されたのである。 21 世紀になって初めて、日本人はだれでも自分で思ったことを手軽に書き、外に向かって発表できるようになった。

 

日本人は引っ込み思案で、かつまた謙譲の美徳から自ら発信することに積極的でないとよく言われてきた。しかし国際会議などで語らない“沈黙の日本人”の異名をとる不可解な日本人の姿は、じつは後天的なものにすぎなかったのかもしれない。日本人は日本語というものの難しさゆえに、写経、写本の江戸さながらの言語生活を強いられてきた。このため自然と外に向かって発言し、主張することが苦手になり、ついには性にまでなってしまっていた可能性さえある。

 

この仮説は、昨今のネット上に発信される爆発的ともいえる日本語のデジタル文字の量からも裏づけられているといえる。総務省が 90 年代から行っている日本における情報量の調査データ「情報センサス調査」によれば、デジタルな情報流通量はパソコンが一般のものになり始めた 1998 年から劇的に増えている。新聞やテレビ・ラジオ、本、雑誌の文字と音声のアナログ情報は、 2001 年の時点でデジタル情報の 10 分の1以下になってしまって、いまでは数10分の1に落ち込んでいる。本・雑誌が売れなくなり、テレビ・新聞の広告が減り、部数が落ちている一つの背景がこれである。

 

このことの重要性はいくら強調してもし過ぎることはないと思う。沈黙は金などと考える引っ込み思案の日本人がもはや少数派に転落しつつあることをうかがわせる現象が到るところで起きている。人々がパソコン、携帯を手にして、より考え、より賢くなって自ら発言するようになったことで、日本という国の社会全体が変わり始めている。

 

まさに正真正銘の変革の時代である。あふれ出るアイデアと発想を日本語のタイプライター、パソコンで書くようになった人々は、自ら発信し、自分らしく出版するために自費出版社の門戸をたたくようになっている。そもそも商業出版社の多くは本が売れなくなって、草思社が経営破たんした(1月9日 会社更生法を申請)ように、奔流のような表現の欲求を受け止める余裕さえなくなっている。

 

e ブックランドはデジタル文字の時代の表現のステージを目指して設立された。新しいツールを手にして新しい精神を持つようになった人々のために「もっと自由に、書いて輝きましょう」と当初から掲げている。

                自分らしく出版 その2 デジタル文字が飛ぶ に続く



                         

 

 

作成:Sanshiro 2008.01.28 更新:2008.02.05

朗読賞のスポンサー募集します

 

最近、一番、驚いているのはじつは姉妹サイト「お話 Pod 」( http://ohanashipod.jp/ )が、いつの間にか日本最大級の朗読ポータルサイトに成長して大繁盛していることである。

 

今年に入っても右肩上がりで、現在、1日だけで平均 5812ファイル 、最大 8727 ものファイル(朗読)がダウンロードされている。わずか1時間で平均 338 、最大 1317 ファイルだ。

 

07 年10月から募集を始めた「お話 Pod& ラジオデイズ朗読賞 2007 」が、刺激になっていることは確かで、開催期間中は毎月のようにアクセス(ヒット)、ファイルのダウンロードが増え、その勢いが今も続いている。

 

入賞者の発表は 1 20 日に行われ、それらの優秀作品は公開されているので、ぜひ、聴いていただきたい。応募総数はそう多くないとはいえ、力作、感動ものが多く、初の朗読賞としては大成功だったと思う。主催側としては大変にうれしく、応募者には心からの感謝を申し上げたい。

 

そこで思い立ったのが、新たなスポンサーの募集である。

 

「お話 Pod 」は全国の朗読ボランティアのみなさまのサイトであり、無料で聴いていただくポッドキャスティングである。だからこそ人気が高まっている。朗読作品を販売するのは「お話Pod」のコンセプトにも反するし、朗読ボランティアとしても不本意であるに違いない。

 

朗読賞ならば、目的は読みの技をみがき、競うところにある。それは朗読を盛んにすることに寄与するものであって、むしろもっと積極的に開催していいのではないのだろうか。今回の朗読賞の制定がいかに朗読ファンに目標を与え、励みになっているかということがよく分かったことで踏ん切りがついた。

お話
Pod 代表として新たに広く朗読賞のスポンサーを募ることにして、その案内文を練るうちに、お話 Pod の朗読を後援することは、スポンサーにとってこれまでにないすばらしい社会貢献になることに気づいた。

 

朗読を盛んにするということは、衰退と乱れが指摘される日本語を音声から元気にすることで、まず第一に日本語の芸術を高める文化貢献になる。こういう社会貢献をすること、それそのものが好感されて企業ブランドにプラスに働く。さらに朗読のダウンロードページのバナーから会社の製品に利用者を招くという実利も期待できる。

 

つまり「お話 Pod 」の朗読賞のスポンサーになることは、社会貢献、ブランドのイメージアップ、そして販売促進と3拍子そろった思いがけない広報宣伝のチャンスでもあるということである。これは決して手前ミソではないと思う。 関心のある方には、一度、わたくしが作った朗読スポンサー募集のパワーポイント
http://www.e-bookland.net/image/top/tmp/pod.pdf)を眺めていただきたいと思う。

その昔、二十歳前後の大学生時代、フランスを旅行していたとき、人々が家庭の庭に集まって詩を読んだりして朗読を楽しんでいる光景をみたことがある。朗読というものが、日々の生活のなかにさりげなく組み込まれていて人生を豊かにしていた。

日本でもそうなればすばらしいと思う。すてきな詩や文章をそらんじる人が沢山生まれて、世の中が楽しく明るくなるだろう。「お話Pod」がもっともっと盛んになれば、それも決して夢ではなくなるのではないか、と思うのは夢だろうか。

こんな時代だから、そんな夢をみてみたい。
 

                      お話 Pod 代表

                        横山三四郎

 

 

作成:Sanshiro 2008.01.21 更新:2008.01.28

だからもっと e ブックランド

 

2008年は新年早々、株価が暴落するなど波乱の幕開けになった。

 

経済報道をリードする日本経済新聞の新年企画は「円漂流 縮む日本」というタイトル。元日は「沈む国と通貨の物語」の主見出しで、日本円の価値がなくなっていまや明治時代さながら、「漱石の嘆き いま再び」とまで書いた。

 

よほどのことが起きているのである。だれしもが先行き、どうなることかと不安を覚えていることだろう。

 

この事態の原因の半分は日本と日本人が、 IT 革命への対応の遅れから地球規模市場の競争時代についてゆけなくなったことからきている。

 

だからもっと e ブックランド―と申し上げたい。

 

  自力・自費の電子出版社 e ブックランドのルーツは、バブルがはじけて日本が大不況に陥った1990年代にまでさかのぼる。謙譲の美徳を重んじる日本人と自ら発信するインターネット社会はとても相性が悪い。だから日本ではパソコンの個人利用がなかなか普及せず、IT革命で出遅れた。この状況を楽しみながら改善して、インターネットの利用率を引き上げたいと構想されたのがeブックランドという自己表現のステージである。

 

光の波を利用して情報を伝達して時間と空間をなくすインターネットは省エネ、省コストのツールである。これを利用できない国と民族はこの地上でその存在が次第に稀薄になってゆく。地球規模の激しい市場競争のなかではインターネットを駆使してコストを抑えたビジネスしか生き残れなくなる。けれども、慢心した日本ではそれが理解されていない。

 

これを懸念したわたくしは90年代後半、『ネット敗戦』(KKベストセラーズ   2000 年1月刊  ) を書いて警告した。そして何がなんでも日本列島規模でインターネットを普及させなければならないし、それを遊び、楽しみながら実現できる仕掛けが必要だと考えて、 e ブックランドを立ち上げた。

 

中途半端なIT化はむしろ逆効果になる。国民のほぼ全員がインターネットとパソコンが使えないと、これまでのアナログな紙の広報などもなければならないために社会維持のコストが二重にかかってしまう。それが結果的に日本製品のコスト高を招く。

 

これが今の日本で起きていることである。なにかというと役人の介在を許して、構造的なコスト高の日本の仕組みはほとんど変わっていない。政治家も有権者の多くも、必要な改革の意味と方向さえ分からず、いまだに税金をむしり取って使うことばかり考えている。なお続く莫大な赤字国債の発行は日本のコスト高の象徴といえる。

 

インターネットとパソコンの普及もなかなか進まない。その代わり携帯でのネット利用が増えているが、扱える容量が小さすぎて社会の体質転換には十分ではない。2010年までに日本列島を網羅する光ファイバーの普及は見通しよりも利用が大幅に遅れて、ユビキタス社会はいまだに掛け声ばかり。それどころかインターネットの利用増大で困惑する既得権益グループと守旧派の失地回復がいたるところでみられる。ネットを利用した悪質犯罪に真剣に取り組んで効果的に摘発できない所管の役所も同罪だ。

 

これでは日本と日本の円の価値が小さくなって世界から見限られるのは当たり前である。工業化がまったく進んでいなかったために最初からネットインフラで国造りを始めた低コストの国々の商品には太刀打ちできない。ネット化した世界は日本人の想像を絶するスピードで変わっている。このままでは天文学的な国家の借金を抱えたまま日本経済が破綻するおそれさえ出てくるだろう。

 

世界一の豊かさを誇った過去を想い出してニマニマしながら余生を過ごすというのも日本人の一つの生き方だが、それでは子どもたちの未来はない。もう一度、ねじり鉢巻して日本の情報化と必要な改革を徹底しようではないか。

 

マルチ出版社eブックランドはそのお役に立ちたいと、その先頭に立っている。

 

作成:Sanshiro 2008.01.07 更新:2008.01.20

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